たぶんこれを、初恋と呼ぶ
「あれっ、安尾さん?」
ある日の終業後、仕事帰りにスーパーで夕飯の惣菜を買っていると、聞いた事のある声に名前を呼ばれた。
振り向くと、彼女の友達の朝子さんだった。
「あ、お久しぶりです」
「お久しぶりです〜、夕飯のお買い物ですか?」
そう言いながらチラリとカゴの中を覗き込まれ、小さい声で「わ、不健康」と呟かれた。…聞こえてます。
「私はお店の牛乳が切れちゃったので買い出しです。安尾さん、もし良ければ夕飯うちで食べませんか?」
「え?」
「ほとんど毎日こんなの食べてたら、身体に悪いですよ」
「いや、でも…」
「大丈夫です、どこかの誰かさんがいつも疲れきった状態で来る事があるので、実は知人限定の健康定食っていう裏メニューがあるんですよ。ね、サービスしますし」
ここまで言ってくれているのだから、せっかくの厚意を無下にするわけにもいかず、有り難くその気持ちを受け取ってついて行く事にした。
「お席どこがいいですか?」
「あ、カウンターで結構です」
一度来ただけで、最初こそこの店のお洒落な雰囲気に気後れしていたが、慣れればこの店の空間は嫌いじゃなかった。
ガヤガヤと騒がしい食堂や大衆居酒屋が落ち着くのに変わりはないが、静かな場所で食事を楽しむのもいいなと思える空間だ。
と言ってもまだまだ場慣れしてない事を読み取って配慮してくれたのか、朝子さんはカウンターの奥の席に案内してくれた。
少しして、野菜と何か豆のようなものが入ったご飯とムニエルとスープという健康的なプレートが目の前に並べられる。
ああ、美味そう。
スープに口をつけると、「あっ、梅!」と彼女の名前が聞こえたので、スープが喉の奥に詰まり咽せた。