たぶんこれを、初恋と呼ぶ
仕事で安尾くんと再会した瞬間、ずっと夢に見ていた瞬間だった。
でも本心はそんな偶然あるわけがないと諦めていた。
いざ彼を目の前にして、冷静を装うのに必死だった。身だしなみは大丈夫だろうか。
何か変な事を口走ってはいないだろうか。
私は、大人になったなと思えてもらえるだろうか。
そればかり考えていた。
名刺交換をした際、袖から伸びた彼の手首に、あの日兄に渡してもらった手巻きの腕時計が巻かれていた。
それを見た瞬間、泣きそうになった。
昔のまま変わっていない安尾くんがいて、胸が締め付けられた。
体調を崩して仕事を早退した日、たまたまこちらへ出張で戻ってきた兄が、いつもは面倒だと言って実家には戻らないのに、何故か実家へ帰宅した。
「ヤスが心配してたぞ」と言われ、どうして彼が知っているんだろうと混乱したが、それよりも何か迷惑を掛けてしまったのだろうかという不安と、私なんかの事を少しでも気に掛けてくれて嬉しいという矛盾だらけの感情が溢れた。
『安尾と申します。宜しくお願い致します』
『…アッサム大尉、元気ですか』
『百合川さんならできると思ってのお願いです。ぜひ百合川さんにお願いしたい』
仕事だからと分かってはいるが、いつも私の事を気に掛けてくれて、こちらのミスも力いっぱいフォローしてくれた。
その度に昔と変わらない自分の無力さに、いたたまれなくなった。
それと比例して、昔よりもどんどん安尾くんに引かれていった。
『捨てるなんてありえません。
ずっと大切にして来ました。これからも、ずっと大切にします』
そう言われた時、どんなに嬉しくて、どんなに悲しかったことか。
言われた瞬間安尾くんを抱きしめたいと思ってしまった。けれど彼には、私ではない他の人がいる。
再会した日、腕時計よりも先に目に入ったのは、薬指の指輪だった。
ああ、彼にはそんな人がいるんだなと思った。
諦めなくては。
彼はもう、他の誰かのものだ。