たぶんこれを、初恋と呼ぶ
土曜日は、ギリギリまで何を着ていくかで悩んだ。
安尾くんには「夕飯は行きたいお店がある」という言い方をしたけれど、本当はそんなの考えてもいなかった。ただ、もう少し安尾くんといたいが為に咄嗟に出た言葉だった。
昨日の夜までネットで探して、何とか雰囲気も金額的にも良さそうなお店を見つけた。
安尾くん、気に入ってくれるかな。
待ち合わせは、映画の10分前に現地集合となっている。チケットは安尾くんがネットで用意してくれているらしい。
ちょうど10分前に着くと、安尾くんは映画館の入り口付近のソファの隅に座っていた。
「安尾くん、ごめん、待った?」
後ろから声を掛けると、びくっと震えて振り向いた。
「あ、梅ちゃん」
ソファから立ち上がった安尾くんを、思わず凝視した。
いつもの安尾くんはパーカーにジーンズとか、そういうラフな格好が多い。だから私もそれに合わせて、上はスウェット生地のトレーナーにスカートを合わせたラフなスタイルで来てしまった。
でも今日の安尾くんは、暗い色のボトムスにカッターシャツ、黒のロングコートと、いつもと全然雰囲気が違った。
失敗した、と思った。
映画は普通に面白かったし、映画を観ている間は変に気を使ったりしなくていいから楽だった。
映画の後はネットで調べたお店に行って、普通に夕飯を食べた。
私ばっかりが、どうでもいい事を話していた気がする。
安尾くんは家まで送ってくれたけど、何もされる様子はなかった。
だから私は、もう恥ずかしさを全て押さえ込んで、言った。
「安尾くん、キスしてほしい」
「えっ」
この不安を消したい。
こんな事で消えるはずがないと思われるかもしれないけれど、私は自信が欲しかった。
少しでも安尾くんに好かれているという自信。
安尾くんはそっと近づいてきて、私の唇に、安尾くんの唇が触れた。
思っていたより安尾くんの唇はふにっとしていて、さっきまで冷たかった心臓が、暖かくなっていく気がした。
だめだ、本当に好き。
安尾くんが私の事ちゃんと好きじゃなくても、ずっと一緒にいたい。
いつか私の事、好きになってもらいたい。
ただただ、そう思った。