キズ色カフェタイム
彼は、そっと、自分の耳元の髪を掻き上げた。
真珠色があらわになる。
くしゃりとした形の軟骨や少し厚めの耳たぶが真珠色をしているのだ。
わたしの角度からは右耳しか見えないけれど、両耳ともこんなふうだと知っている。
だから髪を短くできないのだ、と。
まだ学生の彼の“フィルター”がすでに透明度をなくしていることに、初めて対面したときは驚いたし、痛ましくも思った。
「他人から聞かされる言葉や音をいちいち律儀に拾う癖は、早めに直しな。精神的な負担が大きすぎる」
「あなたには言われたくないなあ。ぼくは音に対する反応が強いけど、あなたは“文脈”でしょう?
普通に生活するだけでも、目と耳から入る情報にフィルターが反応してしまうから、けっこうぼろぼろになってるそうじゃないですか」
彼は、手袋をしたわたしの左手を指差した。
季節を問わず、外出するときは、左手だけは必ず手袋をはめる。
コントラバスとエレキベースを弾きこなす彼の指が躍って、布越しにわたしの手の甲に触れた。
硬い。
触れられたわたしも、彼の指が硬さを感じたことを知覚する。
その硬さに彼が驚いたことも。
わたしは手袋を外した。
手首のすぐ上から指の付け根まで、手が一面に赤黒くて硬い。
わたしのフィルターだ。
柘榴石《ガーネット》に似た色と呼ぶにはもう、くすみすぎている。
「色、強烈だろう? ここまできつい色をしたフィルターも滅多にない。子どものころは透明で、手のひら越しに空を見て青い色がわかったのにな。
こんな色になってからは、ぎょっとされることが多いから、手袋は欠かせない。傷をカバーするのにも便利だしね」
手首には、表にも裏にも自傷の痕が白々と残っている。
人差し指に噛み付く癖は今でも消えないから、皮膚はがさがさに荒れている。