キズ色カフェタイム


赤黒い色と傷を隠すように、彼がわたしの左手に自分の右手を重ねた。

彼の手の意外な厚みと温かさに、わたしはびくりとしてしまう。

並の男と変わらないくらい指の長い、関節の目立つわたしの手が、ひどく小さく華奢に見えた。


「偽悪趣味というのかな、そういう言い方は精神衛生上、よくないですよ。自分から傷付きに行くのはやめてください」

「今の言葉、そっくりそのままきみに返すよ。岡目八目だ。自分のことは棚に上げて、他人の動きはよく見える」

「浄化カウンセリングは? その硬さと濁り方なら、勧告が来ているでしょう?」

「名称が嫌いだから行ってない。本格的にヤバくなったら、機械での強制濾過《ろか》を受けるよ。そのくらいの知恵はあるから大丈夫。
やりたいことをやり切らないうちに精神崩壊なんかしたくない。カウンセリングの拒否は、きみも同じなんだろう?」

「まあ、そうですね。心理療法士にでもなれば社会保障として定期的に機械で濾過できると、そっち方面への就職を勧められますけど、興味ないです。
好きで大きなフィルターを持って生まれたわけじゃないし、これに生き方を縛られたくありません」

人は誰しも濾過器官《フィルター》を備えている。

他人のつらい思い出を受け取って痛みを濾過《ろか》し、攻撃性のないものに換えて持ち主に返す。

そんなコミュニケーションのために存在する器官がフィルターだ。

最近では、一部の哺乳類にもフィルターを持つ個体があると報告されている。


多くの人の場合、フィルターは眼球の一部か、手の爪の一枚だ。

とても小さいから、じっと見つめる相手か密に触れ合う相手、それも毎日顔を合わせる間柄でしか、濾過《ろか》は為し得ない。


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