キズ色カフェタイム
わたしや彼のように標準より大きなフィルターを持つ人間は、芸術家や学者に限って言えば、ちらほら見受けられる。
わたしの好きな、「反撃」と「弱者」の名を冠するロックバンドのヴォーカリストも、長めの髪で隠した首筋に大きなフィルターがあるらしい。
フィルターが大きければ大きいほど、痛みをキャッチしやすい。
会話を交わすだけで、文章を読むだけで、あるいは音楽を耳に入れるだけで、誰に頼まれもしないのに、そこに含まれる痛みを受け取って濾過して、自分の中に貯め込む。
「アウトプットしたくなるのも当然か」
「何を、ですか?」
「痛み。わたしは、痛みを書いてる」
「その表現にこだわりますよね」
わたしは、本来の肌の色をした右手を視界の真ん中に置いた。
手のひらを見つめて、手の甲を見つめる。
言葉を探すときや文章を組み立てるとき、手を見つめる癖がある。
わたしが描く男主人公の多くはわたしと同じ癖を持つと、あるとき唐突に気が付いた。
少し筋張って指の長い、自分の手の形が案外好きだ。
わたしは、右手をテーブルに下ろした。
「アウトプットしなきゃバランスが壊れる。研究目的にせよ小説の執筆にせよ、過去の人間が書いた史料に触れることで、その人物の人生という文脈を読み取って、気付いたら貯め込んでるんだ」
「難儀ですね。だから、書いたり歌ったりするわけですか」
「他人事みたいに言うな。きみがバンドをやってるのも同じ理由だろう。次のライヴはいつ?」
わたしの左手の上にある彼の右手が、かすかに震えた。
わたしは目を上げる。
彼はわたしに横顔を向けて、口元だけを笑みの形に歪めた。
「白紙です。バンドを飛び出してしまいました」
「知ってる」
「そうですか」