キズ色カフェタイム
「きみのバンドメンバーを介さずに、二人で会うのは初めてだ。何の脈絡もなく呼び出されて面食らったよ。きみも重症らしいね」
「呼び出しは、あなたに限ったことじゃないんです。いろんな人に声を掛けて、一人にならないように……だって、出歩いたらそれなりに疲れて、きちんと眠れる。
メンバーと一悶着あったこと、気付いてたんですね? それとも、誰かから聞きました?」
「勝手に気付いただけ。ばらばらの情報から文脈をつないだ。たぶん合ってると思うよ。そういうのを読み取るのは得意分野だから」
彼がうつむいた。
柔らかそうな髪が揺れて、真珠色が隠れる。
フィルターは、生まれたときには透明だ。
成長につれ、痛みを濾過《ろか》すればするほど、次第に透明度が失われていく。
彼はわたしより十歳くらい若い。
にもかかわらず、その真珠色が少しも透けていないのは異常だ。
痛みを吸着しすぎている。
何も知らなかった子ども時代にずるい大人の道具にされていたと、ごく断片的に教えてもらった。
異常な頻度の濾過《ろか》は彼の心に大きな傷を刻んだ。
治り切っていない傷を、彼自身、用心深く扱ってはいるけれど、敏感な耳に飛び込んでくる音から自分を守れないときもある。
今回がそうだったらしい。
「ぼくだけ置いていかれたくなかったんです。ただそれだけ」
彼の手が、いつの間にか冷えている。
わたしの冷たい手がぬくもりを奪ったせいか、彼の胸が急速に冷えたせいか。
濾過《ろか》すべき痛みが、わたしの左手を素通りしていく。
言葉と沈黙が織り成す文脈は、普通ならわたしにとって十分な情報量を持つのに、彼は違う。
彼とこうして話していても、わたしの手と胸は、あのじくじくとした疼《うず》きを受け取らない。