契約新婚~強引社長は若奥様を甘やかしすぎる~
婚姻届まであるなんて、用意周到だな……。
それほど、お母さんを安心させてあげたいって気持ちが強いってことか。道重社長、いい息子じゃない。
母親思いの彼に感心しつつ、私はバッグからボールペンと印鑑を出して言われたとおりに署名、捺印した。ほかの部分は空欄になっているけど、きっとお母様に見せる前に彼が埋めるんだろう。
「できました」
そう言って社長のほうへ婚姻届の向きを変えると、それを満足そうに眺めた彼が言う。
「ありがとう、結奈。……あ、勝手に名前で呼んで悪い。これから、そう呼ばせてもらってもいいか?」
わわ、低音セクシーボイスに、名前呼び捨てにされた。って、取り乱してもしょうがない。
これは単に、婚約者のフリに慣れるためだ。
そうわかっていてもついドキッとしてしまい、そんな自分をごまかすように聞き返す。
「構いませんけど……ええと、私のほうは?」
「ああ、そういえば、下の名前は教えてなかったか。俺の名は彰(あきら)だ」
「彰、さん……」
まだ、彼の目を見て呼ぶことはできず、ごにょごにょと口の中だけで呟いた。
あとで練習しなきゃな……。いつかお母様に会うときに、私たちの雰囲気がぎこちなくて怪しまれてしまったら、元も子もないもの。