契約新婚~強引社長は若奥様を甘やかしすぎる~

「じゃあ、俺は仕事があるからこれで。また連絡する」

婚姻届を着物の懐にしまった彼が、そう言って颯爽と立ち上がる。

「あ、はいっ。お仕事、頑張ってください!」

たとえ偽物でも、婚約者としてはもっと気の利いたことを言わなきゃいけないのかもしれないけど、まだそのお役目も初日。月並みなことしか言えない。

「ああ。お前はゆっくり倉田の自信作でも味わってろ」

かすかに微笑んで言い残した彼は、そのまま店舗の裏口へと消えていった。

彼の着物についていたのか、上品なお香の香りが余韻となって周囲に漂っているのを感じつつ、あれ?と気がつく。

「また〝お前〟って言った……?」

つかみどころのない彰さんの言動に首を傾げつつも、私は気を取り直して和菓子に向き直った。

そういえば、三つの上生菓子のうち、まだ柿をひと口しか食べていなかったんだっけ。上生菓子は作り立てがおいしいんだから、早く食べなきゃ、職人である倉田さんにも失礼だ。

「うん。……美味しい」

和菓子をゆっくり咀嚼しながら、幸せに浸る。

いきなり社長が現れて、婚約者のフリをするなんて事態になってしまったけど、まぁなんとかなるよね。

口の中の甘さが不安も緩和してくれたようで、私はぺろりと和菓子を平らげた後、厨房を覗いて再度倉田さんに取材のお礼を言ってから、お店をあとにした。


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