契約新婚~強引社長は若奥様を甘やかしすぎる~

……けれど、それはほんの一瞬のことだった。

まるで、俺が結奈を愛し始めたタイミングを見計らったように、叶夢が目の前に現れたのだ。

彼の野望は今も変わらず、道重堂を潰すことだという。

社長としてとうてい見過ごせない発言であるはずなのに、過去に抱いた彼への負い目や罪悪感に苛まれ、心は不安定に揺れた。

結奈はそんな俺を優しく受け止めてくれ、叶夢との過去を話す勇気のない俺の臆病さも責めなかった。

そんな彼女に愛しさが募る一方、結奈に甘えてばかりもいられないと俺は自分に課題を与えた。

俺が過去の呪縛から逃れるには、やはり、あのトラウマを克服しなければ始まらないだろう。

今までも、幾度となく餡子を克服しようとチャレンジはした。だから、家の戸棚には常に餡子を買い置きしてあるのだ。

しかし……ただの一度も、成功したためしはなかった。叶夢との別れのシーンがフラッシュバックして、あの味が蘇って……。

でも、結奈と結婚してからは、彼女が隣で美味しそうに餡子をほおばる姿を見てきたじゃないか。和菓子の美味しさを、彼女がずっと伝えてきてくれたじゃないか。

そう自分を奮い立たせ、仕事の後で本店に寄り、倉田の協力のもと餡子と向き合う日々は続いたが……結局、俺はどうしても餡子を口にできぬまま。

そして、結奈にすべてを話す機会も、どんどん先延ばしになって――。



< 198 / 244 >

この作品をシェア

pagetop