契約新婚~強引社長は若奥様を甘やかしすぎる~
「あ、おかえりなさーい。長かったですね、電話……って」
花ちゃんの待つテーブルに戻ると、テーブルの向かい側にいる彼女がなぜかずいっと身を乗り出し、私の顔を覗き込んでくる。
「先輩」
「な、なに?」
目をしばたかせてきょとんとする私に、花ちゃんがびしっと人差し指を突き付ける。
「ソース、ついてます。唇の端」
「えっ!」
慌ててバッグからコンパクトミラーを取り出すと、本当に口の端が褐色にきらめいている。
うわぁ……この顔で彰さんと電話してたのか。テレビ電話だったわけじゃないけど、なぜか恥ずかしい。
メイクが落ちないよう注意しながら、おしぼりでソースがついた部分をちょんちょんとぬぐう。その姿を見ていた花ちゃんが、信じられないものを見たような顔で呟く。
「どうしたんですか先輩。いつもなら〝ぽっちゃり専用とんかつソースグロス~〟とか言ってふざけるのに、乙女な顔してすぐ拭いたりして」
「え、あ、そうだっけ?」
とぼけてみせたけど、少しドキッとした。
そういえば、いつもの私らしくない行動だったかしら。イケメンかつイケボの彰さんとちょっと電話しただけで、動揺してしまったんだろうか。
……でも、彼のことは誰にも、もちろん花ちゃんにも言うつもりはない。彼のお母様のこともあってデリケートな話だし、どうせ一時的に婚約者のフリをするだけだしね。
気を取り直して食事を再開し、食後には宣言通り宇治金時まで余裕で完食。
こんな私が乙女になるなんて、今のところはあり得ないよ。うん。
なかなか変わることのない自分の花より団子精神に呆れながら、平和な昼休みは過ぎていった。