榊龍一は我流で占う
東京タワーには地下がある。
といっても、公表されたデータでは地下二階まで確認できるのだが、三階があることを知っている人間はそういない。
地下三階には秘密の「ルーム」がいくつかある。それらの扉は無機質にいくつもならんでおり、どの部屋が何に使われているのかは榊も知らない。
そのうちの1つが、分厚い扉に閉ざされた「龍の間」である。
鍵を取り出して中に入る。随分大きい鍵である。
入ればそこはホテルのスイートルームのようになっている。
区分けされた部屋。応接間、寝室。
ただ内装は旧い。昭和の雰囲気を色濃く残したそのあつらえは、今となっては貴重なデザインだ。
洗面所に行き、顔を洗う。
そして――背広に着替える。
椅子に座り、ミネラルウォーターを飲む。
しばらくするとノックの音が聞こえる。
「どうぞ」耳になにやらくるくるしたスプリングを付けた、サングラスの男達ががやがやと入ってくる。日本人ではない。
「失礼ですが調べさせていただきます」
「どーぞ」
男達はなにやら探知機のようなものをガガガと持ち歩き、ソファーをひっくり返したりいろいろやっていたが、やがて出て行った。
リーダー格らしい初老の男性が、扉付近で待つ。なにやら話している。
「5分後にいらっしゃいます」
扉を開けたまま、SPが榊をちらりと見る。
榊は席を立つ。
向こうから立つようにうながされる前に立っておいた方が良さそうだ。
背広の前のボタンを締めたかどうか確認する。
向こうから一人の男がやってくる。
堂々としたその体躯、振る舞いは、まさにテレビで見た通りの風貌である。
SPに挨拶をして、「ふたりっきりにしてくれたまえ。構わん」
「ようこそ、おいでくださいました」
ロナルド・ゴールドマン大統領。
現役のアメリカ大統領だ。
そう、ここは「龍の占館」。
世界中の要人が、金持ちが、あるいは有名人がやってくる、世界で唯一の「占い場」なのだ。
握手をして、榊龍一は笑顔で言う。
「お会い出来て光栄です、大統領」
「ありがとう。皆そう言うのだがね」
どうぞ、と席を勧めて、先にご着席願う。
「〝ドーン〟の勧めで来た」大統領は言った。「私の知り合いの知り合いの知り合いの、またその知り合いが君を薦めた、と言った方が判り易いかな」
「この場合はその方が判り易いですね」
大統領は笑顔は作らず軽く口もとゆがめ、「早速始めてくれ」
「わかりました」
榊は特注のカードを取り出す。
これこそ、榊のオリジナルカードだ。
「何枚あるのかね」大統領が質問する。
「50枚です」
「49枚でも、51枚でもダメなのか?」
「増やすことも可能ですが、減らすことも可能です。ですが、調整しているときりがありませんので」
大統領はここではじめてにやりと笑った。
シャッフルを始めようとする榊に、大統領は言った。
「最初に言っておく。私は占いを信じていないんだ」
なっ・・・
思わず面食らう榊に、大統領は続ける。
「特に、カード系のものはね」
榊はどう返していいのか分からなかった。
大統領は両手を開いて言う。「だってそうだろう。カードのシャツフル次第で結果が変わるなんて、ギャンブルと何が違うんだね」
榊は笑顔を作った。そうしないと呆然とした顔を見られてしまいそうだからだ。
それはそうだろうが、ここに来たと言うことは、満更全く信じていないというわけでもないだろう、とも思う。
「タロット、またはオラクルカードは、〝卜〟と呼ばれます。つまりは、偶然性から何かを読み解く、というものです」
「読み解けるのか」それは全ての真実が分かるのか、という意味合いを含んでいるように思えた。
「正直、わかりません。ですが、読み解いた結果をお伝えしますし、最善の努力を尽くします」
大統領はペットボトルを持ち出し、一口飲んだ。「いいだろう」
質問をお願いします、と榊が言おうとすると、先手を打たれる。
「日本の戦国武将から、私が何か参考に出来るものはあるのか?」
「わかりました」あるのか、を聞かれてわかりました、はおかしい切り返しだが、これは占いなので、そう答えて良いと思う。つまりは今からお答えします、という意味だからだ。
榊はシャッフルをする。ぐるぐる回したりはしない。入念に切る。そして、相手に渡し「カットをお願いします」大統領はカットした。榊は嬉しくなった。俺にこんな事をさせるな、という雰囲気がない。
榊はシャッフルを終え、机の上に五十枚のカードを置いた。
今日本で人気のカードだが、作成者は榊である。
おもむろにこのタイミングで大統領が口を開いた。
「君は天使がいない、と言ったりはしないのかね」
なっ・・・
「な、なんですって?」失礼かも知れないが思わず榊は聞き返した。
「天使カードの作成者が、最近こう発言した。天使はいない。自分のカードは買わないでくれ、とな」
その話は知っている。有名なエンジェルカードの作成者が、天使はいない、とあまりにサッパリ発言したことは記憶に新しい。
「君はこの手のオラクルを信じているのか?」
「天使は信じればいるかも知れません。ですが、私のカードは実在した人達をモデルにしています」
「・・・・・・」どうぞ、と言わんばかりに手を差し出す大統領。
ノックの音がして「大統領、時間です」SPが言う。
「まだだ。会食は延期だ」大統領はこともなげに言った。
扉の向こうで声が聞こえる。
かまわん、つづけてくれ、とは言わずに大統領はうなづく。榊はカードを開いた。
戦国オラクルカード。
戦国武将をモチーフにした、50人の戦国武将が書かれたオラクルカードである。そのカードからメッセージ読み解き、顧客に伝えるのである。
このカードを作ってから、榊の元に依頼が絶えない。
榊はカードをめくる。
「〝徳川家康〟のカードが出ました」
「300年の平和の基礎を作った人物だな」すこし目がキラリと光った。この中で一番有名かも知れなかった。海外では信長よりも有名だ。
「徳川家康は水瓶座だったようです」
「信憑性はあるのかね」
「ある程度はあります」榊は頷いた。物の本に寅の刻、と時間まで記されている文献があるから、信憑性が全くない、ということにはならないだろう。
「戦国武将に参考に出来るものはあるのか、と言えば、細かい毎日の過ごし方や、小さな毎日の発言の中に、それはあると思います。ですが、徳川家康は――」
「何故だと思う?」大統領は聞いた。「何故彼は、300年続く平和な時代を作れたんだ? 正確には264年くらいのはずだがね」
さすがに大統領は詳しい。
「そうですね」少し考える。「アナーキーさ、ではないでしょうか」
「なんだって?」今度は大統領が聞き返す。
「水瓶座はアナーキーな星座です。モーツァルト、ダーウィン、リンカーンなどがいますが」
「彼らはアナーキーなのかね」
「家康はアナーキーだったと思います」
「私は双子座だぞ」
「・・・風星座なのは同じですね。理知的で、決断力に富んでいます」
「私は水瓶座ではない。よってアナーキーではない! ・・・いや、続けてくれ」
「普通、戦国時代に生まれて、平和な時代を作ろうとは思わないと思うんですよ」
「・・・・・・」しばらく何も言わず、ペットボトルから水を飲んだ。
「300年、まあ264年も続く、まあ、そこまで続くかはともかく、そんな時代を作ろうと、そもそも思わないと思うんです」
「だがやった」
「家康の旗印には〝汚れた土地を離れ、極楽の世界を目指す〟といった意味があります」厭離穢土欣求浄土。まあ、翻訳は難しいがだいたいそんな意味だ。
「理想の社会は作れる、ということです」
「ふむ」
「武士という、先頭に特化した階級を残したまま、それでいて平和な時代を作る、というのは考えられない発想です。それをやりました」
「つまり?」大統領の顔は興味で爛々と輝いているように榊には感じた。
「その時代に誰も思いついていない、理想の世界を思いつき、作ることが可能だと言うことです」
「世界というのはどの範囲を示すのだ? 私はアメリカの大統領だぞ」
「承知しております」
「なるほど、よくわかった」大統領は席を立った。「可能だ、ということだな」
「はい」
「私の理想はアメリカを過去の孤立主義に戻すことだ」
「皆が知っております」ニュースを見ればわかる事だ。
「そう、君ら日本人がパールハーバーを起こす前の状態にな!」指まで指してきた。すごいなこの人のキャラは。
「私ならアメリカと戦争しようとは思いませんね。3倍の人口と20倍の国力ですよ。日本人というだけで、とかく、そう仰るのはやめていただけませんか」
「ふむ」大統領は話題を元に戻した。「この武将のアナーキーさが私の参考になるのだな?」
「はい」
「・・・いいだろう。彼のアナーキーな精神は確かに参考になった」
笑ってそのまま、大統領は榊に手を振り、「今日は来て良かった。ええと、ミスター榊、だったな?」
榊のフルネームは榊龍一と言う。「龍と呼んで下さい」
「ありがとう、龍」
大統領は去った。
一気に肩の力が抜けた後、榊はひとり、ソファーで脱力していた。
電話が掛かってくる。
「ええ、はい。・・・それはどうも」
首相から感謝の電話である。なんでも日米の友好がどうとか、だそうだ。
榊は部屋をカンタンに片付ける。
ここは仕事場だからだ。
さて、自分のアパートに戻るか。
続く。
といっても、公表されたデータでは地下二階まで確認できるのだが、三階があることを知っている人間はそういない。
地下三階には秘密の「ルーム」がいくつかある。それらの扉は無機質にいくつもならんでおり、どの部屋が何に使われているのかは榊も知らない。
そのうちの1つが、分厚い扉に閉ざされた「龍の間」である。
鍵を取り出して中に入る。随分大きい鍵である。
入ればそこはホテルのスイートルームのようになっている。
区分けされた部屋。応接間、寝室。
ただ内装は旧い。昭和の雰囲気を色濃く残したそのあつらえは、今となっては貴重なデザインだ。
洗面所に行き、顔を洗う。
そして――背広に着替える。
椅子に座り、ミネラルウォーターを飲む。
しばらくするとノックの音が聞こえる。
「どうぞ」耳になにやらくるくるしたスプリングを付けた、サングラスの男達ががやがやと入ってくる。日本人ではない。
「失礼ですが調べさせていただきます」
「どーぞ」
男達はなにやら探知機のようなものをガガガと持ち歩き、ソファーをひっくり返したりいろいろやっていたが、やがて出て行った。
リーダー格らしい初老の男性が、扉付近で待つ。なにやら話している。
「5分後にいらっしゃいます」
扉を開けたまま、SPが榊をちらりと見る。
榊は席を立つ。
向こうから立つようにうながされる前に立っておいた方が良さそうだ。
背広の前のボタンを締めたかどうか確認する。
向こうから一人の男がやってくる。
堂々としたその体躯、振る舞いは、まさにテレビで見た通りの風貌である。
SPに挨拶をして、「ふたりっきりにしてくれたまえ。構わん」
「ようこそ、おいでくださいました」
ロナルド・ゴールドマン大統領。
現役のアメリカ大統領だ。
そう、ここは「龍の占館」。
世界中の要人が、金持ちが、あるいは有名人がやってくる、世界で唯一の「占い場」なのだ。
握手をして、榊龍一は笑顔で言う。
「お会い出来て光栄です、大統領」
「ありがとう。皆そう言うのだがね」
どうぞ、と席を勧めて、先にご着席願う。
「〝ドーン〟の勧めで来た」大統領は言った。「私の知り合いの知り合いの知り合いの、またその知り合いが君を薦めた、と言った方が判り易いかな」
「この場合はその方が判り易いですね」
大統領は笑顔は作らず軽く口もとゆがめ、「早速始めてくれ」
「わかりました」
榊は特注のカードを取り出す。
これこそ、榊のオリジナルカードだ。
「何枚あるのかね」大統領が質問する。
「50枚です」
「49枚でも、51枚でもダメなのか?」
「増やすことも可能ですが、減らすことも可能です。ですが、調整しているときりがありませんので」
大統領はここではじめてにやりと笑った。
シャッフルを始めようとする榊に、大統領は言った。
「最初に言っておく。私は占いを信じていないんだ」
なっ・・・
思わず面食らう榊に、大統領は続ける。
「特に、カード系のものはね」
榊はどう返していいのか分からなかった。
大統領は両手を開いて言う。「だってそうだろう。カードのシャツフル次第で結果が変わるなんて、ギャンブルと何が違うんだね」
榊は笑顔を作った。そうしないと呆然とした顔を見られてしまいそうだからだ。
それはそうだろうが、ここに来たと言うことは、満更全く信じていないというわけでもないだろう、とも思う。
「タロット、またはオラクルカードは、〝卜〟と呼ばれます。つまりは、偶然性から何かを読み解く、というものです」
「読み解けるのか」それは全ての真実が分かるのか、という意味合いを含んでいるように思えた。
「正直、わかりません。ですが、読み解いた結果をお伝えしますし、最善の努力を尽くします」
大統領はペットボトルを持ち出し、一口飲んだ。「いいだろう」
質問をお願いします、と榊が言おうとすると、先手を打たれる。
「日本の戦国武将から、私が何か参考に出来るものはあるのか?」
「わかりました」あるのか、を聞かれてわかりました、はおかしい切り返しだが、これは占いなので、そう答えて良いと思う。つまりは今からお答えします、という意味だからだ。
榊はシャッフルをする。ぐるぐる回したりはしない。入念に切る。そして、相手に渡し「カットをお願いします」大統領はカットした。榊は嬉しくなった。俺にこんな事をさせるな、という雰囲気がない。
榊はシャッフルを終え、机の上に五十枚のカードを置いた。
今日本で人気のカードだが、作成者は榊である。
おもむろにこのタイミングで大統領が口を開いた。
「君は天使がいない、と言ったりはしないのかね」
なっ・・・
「な、なんですって?」失礼かも知れないが思わず榊は聞き返した。
「天使カードの作成者が、最近こう発言した。天使はいない。自分のカードは買わないでくれ、とな」
その話は知っている。有名なエンジェルカードの作成者が、天使はいない、とあまりにサッパリ発言したことは記憶に新しい。
「君はこの手のオラクルを信じているのか?」
「天使は信じればいるかも知れません。ですが、私のカードは実在した人達をモデルにしています」
「・・・・・・」どうぞ、と言わんばかりに手を差し出す大統領。
ノックの音がして「大統領、時間です」SPが言う。
「まだだ。会食は延期だ」大統領はこともなげに言った。
扉の向こうで声が聞こえる。
かまわん、つづけてくれ、とは言わずに大統領はうなづく。榊はカードを開いた。
戦国オラクルカード。
戦国武将をモチーフにした、50人の戦国武将が書かれたオラクルカードである。そのカードからメッセージ読み解き、顧客に伝えるのである。
このカードを作ってから、榊の元に依頼が絶えない。
榊はカードをめくる。
「〝徳川家康〟のカードが出ました」
「300年の平和の基礎を作った人物だな」すこし目がキラリと光った。この中で一番有名かも知れなかった。海外では信長よりも有名だ。
「徳川家康は水瓶座だったようです」
「信憑性はあるのかね」
「ある程度はあります」榊は頷いた。物の本に寅の刻、と時間まで記されている文献があるから、信憑性が全くない、ということにはならないだろう。
「戦国武将に参考に出来るものはあるのか、と言えば、細かい毎日の過ごし方や、小さな毎日の発言の中に、それはあると思います。ですが、徳川家康は――」
「何故だと思う?」大統領は聞いた。「何故彼は、300年続く平和な時代を作れたんだ? 正確には264年くらいのはずだがね」
さすがに大統領は詳しい。
「そうですね」少し考える。「アナーキーさ、ではないでしょうか」
「なんだって?」今度は大統領が聞き返す。
「水瓶座はアナーキーな星座です。モーツァルト、ダーウィン、リンカーンなどがいますが」
「彼らはアナーキーなのかね」
「家康はアナーキーだったと思います」
「私は双子座だぞ」
「・・・風星座なのは同じですね。理知的で、決断力に富んでいます」
「私は水瓶座ではない。よってアナーキーではない! ・・・いや、続けてくれ」
「普通、戦国時代に生まれて、平和な時代を作ろうとは思わないと思うんですよ」
「・・・・・・」しばらく何も言わず、ペットボトルから水を飲んだ。
「300年、まあ264年も続く、まあ、そこまで続くかはともかく、そんな時代を作ろうと、そもそも思わないと思うんです」
「だがやった」
「家康の旗印には〝汚れた土地を離れ、極楽の世界を目指す〟といった意味があります」厭離穢土欣求浄土。まあ、翻訳は難しいがだいたいそんな意味だ。
「理想の社会は作れる、ということです」
「ふむ」
「武士という、先頭に特化した階級を残したまま、それでいて平和な時代を作る、というのは考えられない発想です。それをやりました」
「つまり?」大統領の顔は興味で爛々と輝いているように榊には感じた。
「その時代に誰も思いついていない、理想の世界を思いつき、作ることが可能だと言うことです」
「世界というのはどの範囲を示すのだ? 私はアメリカの大統領だぞ」
「承知しております」
「なるほど、よくわかった」大統領は席を立った。「可能だ、ということだな」
「はい」
「私の理想はアメリカを過去の孤立主義に戻すことだ」
「皆が知っております」ニュースを見ればわかる事だ。
「そう、君ら日本人がパールハーバーを起こす前の状態にな!」指まで指してきた。すごいなこの人のキャラは。
「私ならアメリカと戦争しようとは思いませんね。3倍の人口と20倍の国力ですよ。日本人というだけで、とかく、そう仰るのはやめていただけませんか」
「ふむ」大統領は話題を元に戻した。「この武将のアナーキーさが私の参考になるのだな?」
「はい」
「・・・いいだろう。彼のアナーキーな精神は確かに参考になった」
笑ってそのまま、大統領は榊に手を振り、「今日は来て良かった。ええと、ミスター榊、だったな?」
榊のフルネームは榊龍一と言う。「龍と呼んで下さい」
「ありがとう、龍」
大統領は去った。
一気に肩の力が抜けた後、榊はひとり、ソファーで脱力していた。
電話が掛かってくる。
「ええ、はい。・・・それはどうも」
首相から感謝の電話である。なんでも日米の友好がどうとか、だそうだ。
榊は部屋をカンタンに片付ける。
ここは仕事場だからだ。
さて、自分のアパートに戻るか。
続く。