◎あなたのサークルは、世間知らず御曹司の隣に配置されました。
「漫画で抜け出すつもりなの?」
「そうだよ。僕は、本当に面白いものを描いて、自立もしてみたい。エリンギちゃんみたいに、自由に夢を追いかけるんだ」
「ふーん」
藤田家から抜け出したい、その手段が、漫画なのか。
漫画を描いて自由に生きていきたいって。
現実を知っている愛里からしたら、……まるで理解できない。
これを、どう伝えらたらいいだろう。
「私ね、一風変わった物語とか、好きなの」
ぽつりと、愛里は言う。
「こう、無我夢中になっちゃうようなさ。予想の上を行くような」
「そんな感じだったね。僕も読む手がとまらなかった。まさかこんな展開になるとは読み始めたときにはまるで思っていなくて、引き込まれた」
尚貴の素直な賞賛に礼を言ってから、吐露する。
「でも、驚きの展開で先を読ませないとか、一言では説明できないような重厚感とか、なーんか……そういうの要らないんだって言われてばっかりなんだよ。売るのに邪魔なだけだって。もっと、期待に沿った、期待通りのものを描きなさいってどこの出版社も言うの。美味しいとわかりきっている具材で、美味しいとわかりきった調理法で調理したものを、大衆は食べたいんだって。牛丼みたいなもんだよ。あ、牛丼って知ってる?」
「さすがに知ってるよ」
「ごめんごめん。牛丼並盛三百五十円、最高のコストパフォーマンスだよね。そういうのを、たくさん描いてくれって」
尚貴はきょとんとした顔をしている。愛里は続けた。