◎あなたのサークルは、世間知らず御曹司の隣に配置されました。
「需要もわかるんだ。仕事行って、疲れて帰って、寝てまた仕事に行く。そんな風にみんな、どうにか生きてるわけだから。限られたその合間に、確実に値段分は楽しめる話が買えることって、結構重要だと思わない? いちいち無駄金はたいて面白いかどうかも分からないものを発掘するような気力も体力も、ないよね。平日のわずかな時間にさ。だけどさ、本当は私は、忘れられないような最高の味を求めてずっと漫画を描いてきたの。結果としてそれが受け入れられて売れればいい、って思ってやってきた。だけどダメなの。たしかにこの社会では、そんな風に描いている漫画家は生きていけない。読者に選んでもらえないから。もっと牛丼のチェーン店に合わせて工夫していかないと、お店にも置いてもらえないの。自分で同人活動してみても、個人の力には限界があるし。なおさんも見たでしょう? 個人の力じゃそんなに売れない。でも出版社は、私のような創作料理なんてお呼びじゃない」

 愛里は静かに続けた。

「だから、私、自分らしく頑張るのはあの作品で最後にしようと思ってる。これからは、もう自分らしさなんて捨てるしかないんだ」

 テーブルの上の、キャラクターカクテルが遠く滲んでいく。

「なおさんからしたら、私は自由に生きているように見えるかもしれないけど、本当に自由がほしいと思ったら、生きていけないんだよ。自分を貫くには、今の生活は耐えがたいし」

 鶏卵場のような職場に押し込められて、来る日も来る日もネジを生み出して、
 こんな生活から一刻も早く抜け出すためなら、描きたいものなんて後回しにするよ。

 だってきっと世間もそんな風に生きている人達ばっかりで。
 だから気晴らしの漫画選びも保守的で、わかりやすいものがほしい。そうだよね。


 そんなことなおさんは考えたこともないだろう。

 結局、身分違いなんだなと思う。
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