◎あなたのサークルは、世間知らず御曹司の隣に配置されました。

「お邪魔しまーす」
「上がって上がって! 狭いけど、ごめんね」
「うん」

 靴を脱いでフローリングの床をギィッときしませながら上がる。

 中は薄暗く、狭く、そこかしこに昭和の匂いが漂っていた。

 さすがに引っ越したてなのもあり埃などはなかったものの、キッチンのデザインなんてまさしく昭和だ。築二十年は経っているだろうから無理もない。床も畳敷きで、四畳一間に買い揃えた真新しい家具だけが浮いている状況。あと袢纏の中の人も浮いてます。

「家具を買い揃えるのに信頼と実績のフジタ家電がいいのはわかりきっていたんだけど、結構高くてね。こんな機会今までなかったし、違うメーカーのも使ってみようかなって」
「へえ~」

 そのせいか、たしかに家具のチョイスは庶民のそれだ。
 冷蔵庫も電子レンジも炊飯ジャーもどこのお宅にもありそうな一般的なものだし、ベッドはなく畳みに布団を敷いて寝るそうだ。机も小さいものしかない。テレビは見る習慣がないとのことで買わなかったそうだ。

 そして仕事も見つけたらしく、聞いてみれば愛里の勤める会社の隣の隣の工場だった。まあ、この辺で探せばそうなるか。

 そこの社長がいい人で、事情を聞いて初めのうちは給料を日払いでくれると言ってくれたそう。

 こうして尚貴の庶民暮らしが幕を開けたのだった。
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