上司と私の偽恋愛 ※番外編追加しました※
私はもう一度エントランス前の扉まで戻っていた。
頭の中は2人の言葉がずっと響いていて突っ立ったまま何も考えられないでいた。
その時脇のドアから白髪混じりでスーツ姿の男性が出てきて私に一礼をして話し始めた。
「いかがなさいましたか? 失礼ですがこちらにお住まいの方に御用でしょうか?」
暗証番号を押さないと開かないシステムの中、何もせず突っ立ったままの私は不審者に思われたのかもしれない。
「私はここのコンシェルジュでございます。それより具合でも悪いのですか? 顔が真っ青ですが……」
コンシェルジュは何も言わない私を怪訝そうにすることもなく、むしろ心配そうな顔で覗き込む。
「これ結城さんの鍵です……彼が来たら渡してください」
私は鍵をコンシェルジュに渡し頭を下げた後静かに出ていった。
携帯の地図アプリを見ながら大通りまで歩きタクシーに乗り込むとそのまま携帯の電源を切った。
結城課長から電話がこないということはまだあの女性と一緒にいるのだろう。
私が部屋にいないのを知ってどう思うかな?
言い訳する手間が省けてホッとする?
気が緩むと視界が歪んで涙が溢れてしまいそうで窓の景色を見ながら軽く鼻をすする。
「お客さん花粉症ですか?」
タクシーの運転手さんはバックミラーで私の方をチラッと見て言った。
「そうですね、花粉症かも」
運転手さんの方を向いて応えた後、私の視線は再び窓の外に向けて景色をただ黙って眺めていた。