秋に、君に恋をする。
『次のテストの数学の範囲、A社の参考書から出されるらしいよ』
『駅前の予備校どう?うちのとこの試験対策本当に使えないんだけど』
『あきはって予備校どこ行ってるんだっけ?あきは超勉強頑張ってんじゃん、私達もやらないとー』
『今回の模試の成績まじやばかったー、あきはは?』
『お前は学校に何しに来てるんだ?』
『恥ずかしいと思わないか、この点数』
『お前の頭、ちゃんと動いてんのか』
『あきはは、もう家を継ぐとか、そう言う事は考えなくていいからな』
『いい大学に行って、ちゃんとした仕事に就いてくれればそれでいいよ』
『迷惑、かけないで』
独りで立っていた。
独りで歩こうとした。
頼れる人なんて誰もいなかったから。
言葉で伝える意味なんてないものだと思っていたから。
辛いという言葉を、口にしてはいけないから。
我慢して頑張って倒れないように踏ん張って、色鮮やかな小学生の夏休みの思い出を頭の奥にしまって、私もその思い出みたいにいつか、きらきら色鮮やかになれるようにって、そうして独りで、立ってきたのに。
全部全部全部、無駄だった?
「…何してんの」
背後から声がした。
私の部屋の襖に、彼が立っていた。
額から汗が流れていて、私を追いかけてきたんだとすぐにわかった。
「おい、何してんだよ」
「荷物、まとめてるの」
「は、なんで、いきなり」
「帰るの」
「帰るって、…東京に?」
東京にいる自分が、嫌いだ。
誰がどこで何をしようと、人とぶつかっても道で転んでも、誰も見向きもせずに、その早く歩く足を止めようとしない。
気にも留めない。
まるで、そこに人が、私が、いないかのように。
人の歩く速さも、夜の消えないネオンも、騒音も濁った空気も、大嫌いだった。
私は、東京という街が、息苦しくて仕方なかった。
だって、いつも、誰かと一緒にいても、ひとりぼっちだった。
だけどここには、歩いていれば「おはよう」「今日も暑いね」「いい天気だね」なんて話し掛けてくれる人がいて、一緒に食卓を囲む人がいる。
生ぬるい空気が私を包み込んで、夜の静かな風と虫の鳴き声が私の耳にすうっと入ってくる。
夜の暗い空に浮かぶ星が、私の目の中に降ってくる。
ここは、あまりにも居心地が良かった。
ここにいれば、いつも誰かが傍にいてくれる気がした。
だけど、そんなのは全部勘違い。
ここの人達にはここの人達の生活があって、祖母には祖母の生活があって、勇太朗には勇太朗の生活がある。
学校に行って、笑い合って支え合う友達がいる。
家に帰って、話しながら食卓を囲む家族がいる。
私にはたった4日間の出来事が、彼にとっては17年間毎日の事で、それが当たり前だった。