時の欠片
Prolog
これは夢なのではないか?
そう何度も自分に問いかけてみた。けれど、どんなに問いかけてみても自分の肌に爪を立ててみてもこれは夢等ではないのだと思い知らされた。

「桜…?」

冷たい台の上に横たわる真っ白な顔の彼女の名前を呼ぶ。返事は帰ってこない。

目の前がチカチカと揺れて現実と幻の狭間で彷徨っている様な感覚に陥る。
けれど、瞬きをすればやはり彼女は白い顔で横たわっていていつもは感じられる熱も呼吸音も何一つとして僕には届かない。

「娘さんは…お亡くなりです…。」

警察の女性が僕達にそう伝える。

「どうして…桜、あぁ…どうして私の娘が、どうしてなの……。」

彼女を挟んで向かい側で僕と同じ様に彼女を見ていた彼女の母、おばさんがいつもはおおらかな笑みを浮かべているその顔に大粒の涙を流しながら床に崩れ落ちたのを僕はただ視界の端でぼーっと見ていた。

「桜…さくらああ…目を覚ましてよっ!どうして、どうしてなのよおお、、」

死体安置所?そんな名前だっただろうかこの部屋は。ドラマや映画の中で他人ごとのように見ていた映像がふと浮かんだ。狭い部屋の中で咽び泣く家族。その真ん中には家族の悲しみを浴びながら横たわる1つのご遺体。自分にはきっと一生縁の無い世界だと思っていた。けれど、実際に今目の前にその光景が広がっている。

何処か他人事の様な。
けれど、確かに僕にとって横たわる彼女は大切な唯一の恋人で……


「おばさん…。」

「うっ…千優くん…娘の最後は貴方が見てくれたって、っ、聞いたの…っ、、」

おばさんはぐちゃぐちゃの顔で僕の方を見て縋るようにそう言った。

今、僕がおばさんに言ってあげれることがあるとすればそれは1つしかない。


「桜は、、安らかに…息を引き取りました…。僕が傍に居てあげれたら、、、本当に申し訳ありません…。」

「っ、、そう…そうなのね…それなら良かったわ…。っうっ…さくら…さくらあ…っ。」


おばさんの縋るような目が怖くて僕はおばさんに嘘をついた。

良い嘘では無かったと思う。
けれど、こう伝える以外に僕には選択肢が無かった。

彼女は僕が駆けつけた時には既に息を引き取っていた。

今も耳にこびり付いている救急車のサイレンが僕の頭の中で鳴っている。血だらけの服、だらりと具合の悪そうな彼女の姿が浮かんで思わずぎゅっと目を閉じた。


桜の抜け殻は事故にあったとは思えない程に綺麗で、まるで人形の様に中身だけが抜け落ちてしまっているように思える。


目を閉じて口を閉ざす彼女の無表情を彼女と出会ってから初めて見たなあ…なんて思いながらやっぱりぼーっと彼女のことを見ている自分が居た。

僕の知っている彼女はいつもおおらかに笑っていた。


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