時の欠片
美歩さんが出ていった数秒後にカランカランと店の入口に取り付けているベルの音がした。その音がやけに寂しく感じられた。

美歩さんが居なくなった部屋の中に冷めたココアだけが鎮座していて僕はそれをキッチンに持っていくためにソファーから立ち上がった。

桜が亡くなって既に1週間が経っていた。
僕にとってとても長く感じられた1週間だ。


ココアを片付けてから仕事に戻るために花を売っている部屋へと移動する。そういえば初めてここに桜を連れてきた時にまるで秘密基地みたいだと言ってはしゃいでいたことを思い出した。
その光景を脳内で再生して、思わずくすりと笑いが漏れる。


あぁ、なんで桜はいなくなってしまったんだろう。


お店の扉のプレートをOPENに戻して仕事を再開する。

チリンチリン


「いらっしゃいませ。」


早速ベルの音が聞こえて、そちらに顔を向ければまた見知った顔が扉の前に立っていた。
整った顔の青年は昔僕が勝ちたくてたまらなかった大嫌いな人。

「…秋月さん。」

「美歩が世話になった。酷い顔で戻ってきたんで何かあったんだろうなと思って謝りに来た。」

「気にしないでください。僕が悪いので…。」


秋月さんは僕をじっと見てから数秒考える素振りをしてそうして納得したように、そうか、とだけ答えた。

「お前はどうして泣かないんだ。」

「…突然どうしたんですか?」

「葬式の時泣かなかったって聞いたから。」

「、、なんででしょう。」

「……、、帰る。邪魔したな。」

秋月さんはいつもそうだ。
相手の気持ちを先読みして無理に聞こうとしたり強要しようとなんてしない。
感情を表に出す人ではないけれど、心根は人に寄り添うことのできる優しい人。
だからこそ完璧な彼が僕は嫌いだった。


「美歩さんによろしく言っておいてください。」

ちらっと僕を見た秋月さんは何も言わずに店から出ていく。その後ろ姿がなんだか何時もよりも弱々しく見えて僕は思わず彼の背から目を逸らした。

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