突然ですが、兄貴が出来ました!
学校内の案内は生徒会がやっていたので、翔さんと蒼ちゃんが校門の前で待っていてくれた。
二人が並んでいる姿があまりにも自然で、やっぱり胸が痛む。
でも、胸と同時に胃がキリキリと痛んでいるような気がする。
この3日間、食欲がめっきり減っていた。
そんな俺に
「葵君?具合悪い?」
翔さんが声を掛けて来た。
「え?何でです?大丈夫ですよ」
必死に笑顔を浮かべると
「顔色が悪い気がする。体調が悪かったら、保健室で受験も出来るから言うんだよ」
俺の視線に合わせて、少し屈んで翔さんが俺の顔を覗き込む。
大好きな漆黒の瞳が、俺を心配そうに見つめている。何故だか分からないけど、それだけで涙が出そうになる。受験日だからかな?
何だか気持ちが弱っている気がする。
「はい、ありがとうございます」
弱気の自分を悟られないように笑顔で答える俺に、翔さんが胸ポケットからお守りを取り出した。
「これ、受験のお守り」
そう言って俺の手と章三の手にお守りを握らせる。
「応援しか出来ないけど、頑張ってね」
微笑む先輩の笑顔が眩しい。
「翔…お前、馬鹿じゃないの?お守りって、試験当日に渡すもんじゃ無いだろう。」
呆れた顔で呟いた蒼ちゃんに、翔さんは慌てた顔で
「え!ごめん。受験の邪魔になるからって、蒼介が葵君達に会わせてくれないから·····」
そう答えていた。
「当日渡されても迷惑だよ。ごめんね、あ~ちゃん。馬鹿な奴で」
呆れた顔の蒼ちゃんが俺のお守りを取ろうと手を伸ばしたが、俺は慌てて自分の胸ポケットにお守りを入れて
「ううん、ありがとう。まだ受験はいくつかあるし、大切にします」
そう言ってお辞儀した。
「あ~ちゃん、本当に優しいよね。
翔、あ~ちゃんに感謝しなよ!」
俺を抱き締めて叫ぶ蒼ちゃんに、翔さんが苦笑いを浮かべている。
そして俺と章三の頭をわしゃわしゃと撫でると
「頑張って来い。そして春、此処で会おう」
翔さんの笑顔に俺は頷く。
「翔!あ~ちゃんと章三の第一志望、うちの学校じゃないから!」
「え!そうなの?それは残念」
翔さんの言葉に突っ込む蒼ちゃんと、それに苦笑いを浮かべる翔さんに胸…嫌、胃がキリキリと痛みだす。
「じゃあ、俺等もう行きます」
章三はそう言うと、俺の背中を軽く押す。
「うん、頑張って来てね」
蒼ちゃんが俺と章三の手を握る。
「パワー、送ったからね!」
綺麗な笑顔を浮かべる蒼ちゃんに、俺は手を振って分れた。
受験票の番号の貼られた席に座り、国語、英語、数学と試験が進んで行った。
胃の痛みがキリキリからズキズキになって来たけど、なんとか無事に3教科の受験が終わる。
これ…5教科だったら、完全にアウトだったと思う。最後の試験が終わり、解答用紙が回収された瞬間だった。
酷い吐き気に襲われてトイレに駆け込んだ。
脂汗が流れる程の胃痛と嘔吐に襲われ、もう、胃液も出ないくらいに吐いた。
立っているのも辛くて、トイレの便座にしがみついていた時、トイレのドアがノックされる音が聞こえた。遠のく意識の中、俺は必死にドアの鍵を開けた。
「大丈夫か?」
低くて響く、聞き覚えのある声に視線を上げようとしたけど…意識を手放した。

『……い あお…い』
鈴の音と一緒に、懐かしい声が聞こえる。
幼い子供を抱いて微笑む姿が見える。
(誰?)
ぼんやりとその姿を見ていると、写真で見た親父の姿がそこにあった。
『葵、俺の大切な葵。』
愛しそうに小さな子供を抱くその人は
『お前の成長を見守れないけど、ずっとずっとお前を愛しているよ』
その光景を見ていて気付いた。
(あのちいさな子供は俺で…、俺を抱いている男性は親父だ。)
ぼんやりとその光景を見ていると、男性と目が合う。
写真よりもずっと細身の、線の細いその人は俺を見て笑顔を浮かべた。
『葵?葵だね。大きくなったね』
その人の手が俺の頬に触れた。
ひんやりと冷たい手が、俺の頬に優しく触れる。
その瞬間、瞳から涙が溢れ出す。
『此処の学校へおいで。此処には私の魂が残っている。お前を守ってあげるから…』
親父の声が遠くなって行く。
(待って!俺、聞きたい事があるんだ!親父、行かないで!)
手を伸ばして親父を追い掛けようとして
「葵!」
握られた手の強さと、章三の声で目が覚めた。
ハッと目を開けると、そこには心配そうな顔で俺を見下ろす章三と蒼ちゃんの顔があった。
「あ~ちゃん、大丈夫?」
心配そうに俺の頬に蒼ちゃんの手が触れる。
温かい、優しい手。
「うん、大丈夫。それより此処は?」
辺りを見回すと、どうやら医務室らしい。
俺の手には点滴がされていて、自分が倒れた事に気付いた。
「俺…」
ぼんやり呟くと
「翔が、あ~ちゃんがトイレに駆け込むのを見たって言って…。真っ青な顔のあ~ちゃんを抱えてトイレから出て来た時はびっくりしたよ!」
目に涙を浮かべて話す蒼ちゃんに
「ごめんなさい」
俺は心からの謝罪を口にした。
「翔さんは?」
お礼を言おうと視線を巡らせると、入口近くでこっちを見ている翔さんが視線に入った。
「翔さん、ごめんなさい…」
ポツリと呟いた俺に、翔さんは心配した顔で
「葵君、無理しないように言ったよね?今後は気を付けてね」
と言われてしまう。
(嫌われたよな…)
悲しくなって布団を顔まで引き上げると
「翔!あ~ちゃん、傷付いちゃっただろう!お前、本当にデリカシー無いな!」
布団の向こうで、蒼ちゃんが翔さんに文句を言ってるのが聞こえる。
すると医務室ドアが開く音が聞こえ
「翔さん、何度も言っていますが…私はあなたのお抱え運転手では無いんですよ!」
と、声の感じからすると大人の男性の声が聞こえた。
すると医務室の保険医と何やら話している声が聞こえ
「では、彼を車までお連れしますね」
と翔さんに話す声が聞こえた。
俺はその声に慌てて
「大丈夫です!自分で歩けます!」
と、飛び起きて…目眩で意識を失いかけて、章三に支えられる。
「葵、顔色まだ悪いから動かない方が良い」
章三がそう言うと、俺を抱き上げようとした。
「良いよ!恥ずかしいから!」
叫んでいる俺に
「具合が悪いのに、恥ずかしいも何も無いだろう!大人しくしなさい!」
翔さんが怒鳴って怒って来た。
俺がびっくりしていると
「抱きかかえられるのが嫌なら、ほら」
と言って、翔さんが背中を俺に向ける。
「?」
疑問の視線を投げると
「おんぶするから、乗って」
そう言われてしまう。
「嫌だって選択肢は…」
「無い!」
きっぱり言われて、俺は渋々翔さんの背中に背負われる形で車まで運ばれた。
翔さんの背中は大きくて、何だか安心してしまう。
ウトウトとしていると、小さい声で蒼ちゃんと翔さんが何かを話す声が聞こえる。
車に着いて、後部座席に寝かされた俺の頭を誰かが持ち上げて膝の上に乗せる。
固い感触に、多分、章三なんだろうな~と思いながら目を閉じた。
俺はこのまま、泥のように眠に堕ちて行った。
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