ヴァンパイア夜曲
修道院をでてから、だいぶ東に向かって進んできたはずだ。見知らぬ土地は地平線の向こうにまだまだ続いているようだが、私たちは故郷が見えないほど遠くまで来てしまった。
すると、シドは私の見ていた地図を指しながら低く答える。
「この森を超えたら“サザラント地方”だ。都市が栄えている西部の街に向かう。」
その時、はっ、としたランディが腕を組んで呟いた。
「“サザラント”といえば、ヴァンパイアの軍隊である“ノスフェラトゥ”の本拠地がある地方じゃないか?」
「えっ!」
つい、大声をあげた私。
その意味に気がついている様子のシドが、わずかに目を細めて私に告げる。
「もしかしたら、運良く会えるかもしれねえな。…お前の“兄貴”に。」
急にドキドキと高鳴る鼓動。
10年ぶりの再会だ。私のことを覚えていなかったらどうしよう。
人が別れた人間の思い出で最初に思い出せなくなるのは“声”だというが、私の頭の中に残る兄の声はきっと“声変わり前”。
例えはっきり覚えていたとしても、そもそも、私が見つけられるかすら危ういのである。
(…お兄ちゃんは、私を危険から遠ざけるために一人で旅に出たんだ。もしかして、勝手に会いに来た私を怒るかもしれない。)
つい、不安げに顔を俯かせると、にこりと笑ったランディが優しく囁いた。
「…大丈夫だよレイシアちゃん。きっと、君のお兄さんも会いたいと願っているはずさ。“唯一の肉親”なんだからね。」
「…!」
彼の言葉に、ふわり、と胸が軽くなる。こくん、と頷いた私に、ランディは微笑み返した。
一方、シドは何かを考え込むように、ふっ、とまつ毛を伏せたのだった。