ヴァンパイア夜曲
唇をくいっ、と長い指で拭った青年は、ふっ、と瞳の色を変えた。
深紅に染まっていた瞳は“グレー”の光を宿す。これが、彼の本来の瞳のようだ。
シドは、躊躇しながら彼を見上げる。
「…今の人、帰していいのか。」
「あぁ。彼女は、別に特別な存在なわけじゃないよ。ヴァンパイア界では、献血に協力してくれる人間を雇うシステムがあってね。ほとんどは輸血パックやワインのようにしてもらうんだけど。…ああやって直接噛んでもいいって言ってくれる子がたまにいるんだよ。」
さらり、と答えた青年。
ーーブロンドの髪に、眉目秀麗な整った顔。
カナリックでフードの下に隠されていた青年の素顔は、想像以上に端正である。
…確かに、この外見なら直接会って吸血されてもいい、なんていう女性が集まっても不思議ではない。
その時、ベッドから降り、ドサ、とソファに腰掛けた青年は、「どうぞ?」と部屋の中へシドを招き入れた。
彼と対面するように1人掛けの椅子に座ったシドへ、青年はそっ、と尋ねる。
「よく俺の居場所がわかったね?来るまでに団員たちに噛まれなかったかい?」
「宿舎で偶然会った美人のお姉さんが教えてくれたんだ。…短剣を突き立てられたけどな。」
すると、彼は「…あぁ、“エリザ”か。」とぽつり、と呟く。どうやら、彼の部下の女性は“エリザ”という名らしい。
シドは、すっ、と青年へと“あるもの”を差し出す。それは、“片耳のピアス”だった。
それを見た瞬間、わずかに瞳を細める青年。シドは彼をまっすぐ見つめて口を開く。
「…あの夜。お前は“わざと”これを落としていき、ピアスの刻印がノスフェラトゥの紋章だと俺に気づかせようとした。まるで、“会いに来い”とでもいうように。…一体、どういうつもりだ。」