ヴァンパイア夜曲
「カナリックの時と、逆になっちゃったわね。」
「…。」
私がシドの部屋に押しかけ謝った夜が懐かしい。
すると、シドはちらり、と私へ視線を向ける。
すっ、と彼の指が腕に触れた。包帯を撫でるように動く手に、どきり、と胸が騒ぐ。
「シド…?」
動揺して彼の名を呼んだ、その時。ふと、鼻をくすぐる“香り”。
昼間のお菓子の香りかと思ったが、そうではない。
体の奥底から熱が溢れるような甘い誘惑の香りに、くらり、とする。
「…シド。貴方も怪我してるんじゃない?」
「!」
彼から漂うのは、かすかな“血の香り”だった。
最近吸血を拒んでいたせいで、私の鼻は敏感になっているらしい。自らの体を流れるヴァンパイアの血には抗えないのだ。
ーーそういえば、シドは広場で兄に吹っ飛ばされていた。レンガの破片で切っていてもおかしくはない。
「…やっと欲しくなったか?」
わずかに輝きを取り戻したシドの碧眼。なぜか嬉々としているように聞こえるのは気のせいだろうか。
しかし、ずい、と迫る綺麗な顔を直視出来ない私は、顔を背けて意地をはる。
「…い、いらない…」
「…あ…?」