ヴァンパイア夜曲
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「…まったく。レイシアの為だとはいえ、どうして僕のような高貴な身分の者が、たかが人間ごときのために城を出なければならないんだ…」
「…こいつ、一回殴っていいか…」
ーーベネヴォリの城を出てから数分。
見送りに出た臣下たちが見えなくなった頃、たいそう不機嫌な顔をしたタンリオットがぼそり、と呟く。
その隣を歩くシドはひどくいらだっているようだ。単に王族を毛嫌いしているわけではないらしい。
「…だめだよ、シド。落ち着いて?ただの道案内だとはいえ、王子に怪我でもさせたら僕らの首が飛ぶ。」
「大丈夫だ。頭の中で4回撃った。」
「頭の中だけにしてね。」
言いたい放題の旅仲間たちだが、私は両者の仲を気遣うように苦笑しながらタンリオットに声をかけた。
「そういえば、リスターノってどういうところなの?」
「あぁ。あの街はかつてヴァンパイアが多く住む都だった。…だが、それは10年も前の話。伝染病の蔓延でほとんどの住民が命を落とし、今では寄り付く者もいない廃墟なんだよ。」
ぶるり、と身震いをしたタンリオットは、嫌悪感を露わにしながらぽつり、と呟く。
「…あの街に向かうなんて頭がおかしい。未練を持ったヴァンパイアの幽霊が住み着いているとの噂は城下町でも有名なんだ。呪いでもかけられたらたまったもんじゃない。」
「はっ…」
バカにしたような笑い声はシドのものだろう。振り返らなくてもわかる。
奴は神すら信じない男。実物のないものに怯える神経が理解出来ないらしい。