ヴァンパイア夜曲

ねだるような甘い声。

こんなシドを、私は知らない。

隠しきれない彼の熱が、その口からこぼれて私の心に染み渡る。


ーー“ダメ”

…なんて、誰が言う?


そんな顔されて、断るはずがないじゃない。

ずっと、そうしてほしいと思ってた。

私の全てを貴方のものにしてくれたっていいのに。…欲を言えば、“このままずっと”。


ーーくしゃ。


照れたようにやや乱暴に私の髪を撫でたシドは、ふいっ、と私から顔を背けた。

それ以上何も言わない彼を、もどかしげに睨む。


ーーこの男は、ずっと“こう”だ。何にも執着しないような孤高の人でいて、さらっ、と私の心を盗んでいく。


(…ずるいなあ。…敵うはずがないよ。)


「ーーあー、二人ともおまたせ〜!ごーめん、よく見たら包帯鞄の奥にしまってあった〜!」


街の門からにこやかに歩いてくるランディ。

…本当は、気を使ってくれたのだろうか。

きゅるん、と笑う彼は、シド以上に読めない。


「ーー行くぞ。」


シドが、全てを見透かしたようにランディへ声をかけた。

「はぁい。」と続くランディは、相棒のレイピアを腰に下げる。


目指すは東。

関所を超えた樹海の暗雲は晴れている。


ーーこうして、穏やかな風に背中を押され、私たちは“旅の終着点”へ歩き出したのだった。

< 198 / 257 >

この作品をシェア

pagetop