ヴァンパイア夜曲
シドが、わずかに肩を震わせた。
ふっ、とこちらを見つめる彼。感情を隠した低く艶のある声が部屋に響く。
「そうでもしなきゃ、あの軟派執事の命はなかった」
当たり前のように告げられた。正論に何も言い返せない。
しかし、私は静かに彼に続けた。
「ランディが言ってたわ。“弾丸がわずかに右にそれてた”って。シドほどの腕なら、一発で絶命させることが出来たはずなのに」
彼は何も言わなかった。
きっと、それが真実だから。
撃たなければいけない苦しみの中で引き金を引いたものの、ゴードルフが最後にランディと言葉を交わせるようにわざと的をずらしたのだ。
ーー結局、この男は甘い。
「ねぇ、シド」
私は、無意識のうちに、彼の名前を呼んでいた。
そして、ずっと心に引っかかっていた思いを口にする。
「…もし、スティグマになったのが私だったら…。シドは、迷わず引き金を引いた…?」
しぃん、と部屋が静まり返った。
目を見開くシドを見て、我にかえる。
何を口走っているんだ、私は。
答えなんて決まっているのに。
シドは、スティグマを撃ち抜くことが仕事のグリムリーパーだ。いくら優しさで的をずらしたとしても、被害の拡大を防ぐためにその命を奪わなければならない。
それは、十分わかっている。私はその姿を近くで見て来たのだから。
しかし、次の瞬間。
思いもよらない一言が私の耳に届いた。
「バカか」
(え…?)
想像していなかった言葉に顔を上げる。すると、強い引力を秘めた碧い瞳が、まっすぐこちらを見つめていた。
私は力強い瞳に釘付けになったように、彼から視線がそらせない。
「俺がお前を撃つわけねえだろ。…お前だけは、何があっても撃たねえよ」