ヴァンパイア夜曲
まっすぐ、胸に響いた言葉。
シドは、わずかにまつ毛を伏せる。
“どうして、ゴードルフを斬らなかった”
“情が湧いたんだよ”
シドの脳裏に響くのは、地下水路でのランディとの会話だ。
わずかに口角を上げたシドは、ぽつり、とうわ言のように呟いた。
「あいつの気持ちが、今なら少し分かるな」
「え…?」
「なんでもねえよ」
シドが、ふいにベッドへ腰掛けた。
すっ、と腕が広げられる。
その仕草は、二人きりの時に交わされる合図だった。
「ーー早く来い。本当は、“欲しい”から来たんだろ?」
この男は、全てを見透かしている。
初めから分かっていたんだ。私の吸血欲のサイクルを。
ふたり分の重さがシングルベッドをきしませた。
彼に誘われるがままに膝に座った私に、シドは慣れた手つきで襟を緩める。
月明かりに照らされたシドの首筋はごくり、と喉が鳴るほど美しく、風呂上がりの火照った肌はどこか色っぽかった。
ーーきゅ、とシャツを掴むと、シドは大人しく私の頭を抱いた。無意識のように髪に絡まる指。
“どうして、私を撃たないの…?”
そんな問いは口に出来ない。
シドは、“命の恩人だから”とも“大切なやつだから”とも言わなかった。
ーーただ、私に触れる指があまりにも優しくて、変な期待をしそうになる。
クールで一匹狼のシドが唯一気を許せる“特別”だって、自惚れそうになる。
(私とシドは、目的を同じとしたただの“旅仲間”で、それが終われば別れる関係なのにね)
“何があっても、お前だけは撃たねえよ”
胸に芽生えた不確かな気持ちと厄介な感情に気がつかないフリをして、私はそっと、シドの肌に牙を突き立てたのだった。