放課後の準備室、先生と。




先生が車を停めたのは、市内でも有数の高級マンション。

「……乗らないの?」

先生は当たり前のように車を降りて、エレベーターに乗っている。私は驚きからもう、なにを話せばいいのか分からない。ただ夢遊病者のように、先生に続けてエレベーターに乗る。先生はそれを見ると、やはり当たり前のように一番上の階のボタンを押す。

もしかして、いや、もしかしなくても、先生はお金持ちだ。

上がっていくエレベーター。二人きりの密室。私の心臓の音が、先生に聞こえていないか心配になる。

今日は夕方まで、先生にみっちり教えてもらう予定だ。背負ってきたリュックには、ありとあらゆる理科系の教科書が入っている。

壁にもたれた先生の髪の毛は、一つだけぴょこんと跳ねていて、それがなんだか愛らしくて、私はそっとそこに向かって手を伸ばす。

だけどその手は先生に掴まれて、ぐいっと引っ張られたはずみに、私は先生の胸に倒れこんでしまった。

「……っ」

心音がうるさい。静めようと思って深呼吸をすると、鼻腔いっぱいに先生の香りが広がって、余計に慌ててしまった。

先生に何をされてもドキドキしてしまうのが少し悔しい。この前まで、自分はこんなに忙しない日々を過ごしていなかったのに。

「抱きしめてほしかったの?」

頭上から降ってくる声は、とても優しくて、ずるい。

「ち、違います! 先生の寝癖を直そうと思っただけです」

「なんだ、残念」

ポーン、と音がして、ドアが開く。

先生はふっと壁から身体を離すと、私を抱きしめていた腕も離す。その代わりに、流れるように指を絡めて先を歩きだした。

部屋の前について、先生が鍵を開ける。どうぞ、と中に勧められ、私は恐る恐る部屋に入った。

「お邪魔します」

「うん、どうぞ」

そこで待っててとリビングに通されて、私はソファーに腰掛ける。ふかふかのソファーは、今までの緊張をかすかに和らげてくれる。

だが、他人の家というのは、妙に落ち着かない。それは、昔から通い慣れた祖父母の家ですらそうだ。

先生が淹れてくれているのか、紅茶のいい香りが不意に香った。ここまでずっと至れり尽くせりで、少し申し訳ない気持ちになる。

「はい、紅茶。お砂糖いる?」

「あ、いえ、そのままで大丈夫です」

可愛らしいストロベリー柄のカップに、ゆっくりと口をつける。今までの紅茶の中で一番美味しくて幸せな味がした。

「美味しい?」

「はい、とても」

隣に座った先生の寝癖は、いつの間にかきっちりと直っていた。

コーヒーを一口飲んだ先生は、そろそろ始めようかと私を促した。

午前十時。少し遅い始業のチャイムが鳴った。



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