放課後の準備室、先生と。
六時間目
恋情
・
翌日からのテスト返却は、まあ予想通りの点数だった。何問かケアレスミスがあったけれど、総合的に見たら大したことはない。
テスト返却だけで一日が終わるのは気楽でいい。佐藤も今回はいつもより少しだけとはいえ点数が伸びたみたいで、テストが返されるたびに満面の笑みを浮かべている。自慢気にするには、まだ点数が足りないような気もするが。
文化祭もテストも終わったし、次はいよいよ秋祭りだ。先生にちゃんと私の答えを伝えないといけない。……伝えなくても、先生はきっとわかっているに違いないけれど。
六時間目のホームルーム。いくつかの授業アンケートを回答し終わった私は、先ほどから本を読むふりをしてずっと先生を見ていた。
私と目が合うと一瞬だけ微笑んでくれる先生が、あのお兄さんだと思ったら、余計にだめだった。
アンケートを回収して、前に出しに行ったタイミングでチャイムが鳴った。今日は授業らしいものが一切なかったから、あっという間だったように思う。
荷物をまとめて、帰ろうとリュックを背負う。靴箱までのんびりと廊下を歩いていると、東、と呼び止められた。
「……佐藤。どうかした?」
「あぁ、いや……勉強、教えてくれてありがとうな」
「いつものことでしょ」
「はは、それもそうだな。今度またお礼させてくれよ」
「んー……じゃあ今度アイス買って? チョコ味のやつ」
佐藤は頷いて、部活に行ってくると走り去っていく。その後ろ姿を眺めながら、息を吐く。
「……盗み聞きですか? 先生」
「心外だなあ、たまたま通りかかっただけだよ」
白衣のポケットから出てきたチョコレートを私の手に押し付けると、先生は待ってるね、とだけ呟いて、準備室のある方へと歩いていく。
行かないという選択肢はなく、私は明日使わない教科書だけを一旦ロッカーに置いて、準備室へ向かった。
コンコン、と扉をノックする。ドアノブを捻り中に入ると、グイッと強く腕を引っ張られた。
「あ、の」
入ってすぐに、痛いくらいに抱きしめてくる先生。ドアを閉めてから、ほんの少し躊躇って、私は先生の背に腕を回す。先生が少しだけ強張ったのは、驚きからだろうか。
「珍しいね、レイが抱きしめてくれるの」
「……気分、です」
「毎日その気分でいてくれたら幸せだなあ」
先生は私から離れると、コーヒーを淹れてくれた。きちんと砂糖とミルクも隣に用意してくれている。
先生の隣で飲むコーヒーは、一人で飲むよりも美味しい気がして好きだ。愛しそうに私の頭を撫でてくれる先生を見るたびに、離れたくないなと思う。
「テスト、相変わらずいい点数だったね」
「先生が教えてくれたおかげです」
「じゃあ、また教えてあげるよ」
そうだ、と先生は私の顔を覗き込む。
「テストを頑張ったレイに、何かご褒美でもあげようか」
「……ご褒美?」
「なんでもいいよ。家と車以外なら」
笑うところだったのかもしれないけれど、先生の瞳があまりに真剣だったから、私はつい怖気付いてしまった。
「あはは、冗談だよ」
「わかってますけど……」
からかわれたことが悔しい。先生はすぐにそうやって私のことをからかう。いちいち真面目に捉えて一喜一憂してるのが馬鹿みたいではないか。
なら、と私もほんの少しだけ意地悪な気持ちが芽生えて。
「じゃあ、先生から……キスして欲しいです。……ダメですか?」
先生は驚いたように二度瞬きをして、「いいの?」と聞いた。
「それはむしろ僕の方がご褒美な気がするけど」
そっと私の頬に手を添えて、優しく口付けられたとこまではよかった。ふっと力を抜いて先生に身を委ねた途端、そのキスが深くなって私は慌てた。
「んっ……」
おもむろに腰を掴まれ、逃げることをいよいよ許されなくなる。いやらしく唇をなぞって微かに空いていた隙間から私の唇を強引に開くと、ちゅっと舌先を吸われた。脊椎が甘く痺れるような、味わったことのない感覚に私は慌てた。
そのまま私の頬に触れていた手が、滑り落ちたかのようにするりと首元に触れ、流れるようにブラウスのボタンを外し出すといよいよまずいと思って先生の手首を掴んだ。
「やっ、まって、先生落ち着いてください」
「誘われたかと思ったけど違った?」
「誘ってないです……」
そっか、と屈託なく笑う先生は本気で私とそういうことをするつもりはなかったのだろう。たとえ私が拒まなかったとしても。
「もうすぐ秋祭りかぁ」
ブラウスのボタンを閉じている途中、先生は煙を吐きながらそう言った。楽しみだね、と言う顔と裏腹に、先生はどこか寂しそうで。
「もし振られたらどうしようかな、僕」
「えっと……あ、次の人を探す……とか?」
「レイ以上に好きな人がすぐできるなら、僕はここまで苦労してないよ」
私が振るはずなんてないって分かりきっていることなのに。先生はやっぱり愛に飢えているんだな、と思った。
立ち上がって、先生のところに行く。ぎゅっと抱きしめると、少しだけ困ったような顔をして、彼は愛しそうに私の頭を撫でた。
「私なら、ちゃんとここにいますから」
__だから、もうそんな顔で私を見ないで。先生。
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翌日からのテスト返却は、まあ予想通りの点数だった。何問かケアレスミスがあったけれど、総合的に見たら大したことはない。
テスト返却だけで一日が終わるのは気楽でいい。佐藤も今回はいつもより少しだけとはいえ点数が伸びたみたいで、テストが返されるたびに満面の笑みを浮かべている。自慢気にするには、まだ点数が足りないような気もするが。
文化祭もテストも終わったし、次はいよいよ秋祭りだ。先生にちゃんと私の答えを伝えないといけない。……伝えなくても、先生はきっとわかっているに違いないけれど。
六時間目のホームルーム。いくつかの授業アンケートを回答し終わった私は、先ほどから本を読むふりをしてずっと先生を見ていた。
私と目が合うと一瞬だけ微笑んでくれる先生が、あのお兄さんだと思ったら、余計にだめだった。
アンケートを回収して、前に出しに行ったタイミングでチャイムが鳴った。今日は授業らしいものが一切なかったから、あっという間だったように思う。
荷物をまとめて、帰ろうとリュックを背負う。靴箱までのんびりと廊下を歩いていると、東、と呼び止められた。
「……佐藤。どうかした?」
「あぁ、いや……勉強、教えてくれてありがとうな」
「いつものことでしょ」
「はは、それもそうだな。今度またお礼させてくれよ」
「んー……じゃあ今度アイス買って? チョコ味のやつ」
佐藤は頷いて、部活に行ってくると走り去っていく。その後ろ姿を眺めながら、息を吐く。
「……盗み聞きですか? 先生」
「心外だなあ、たまたま通りかかっただけだよ」
白衣のポケットから出てきたチョコレートを私の手に押し付けると、先生は待ってるね、とだけ呟いて、準備室のある方へと歩いていく。
行かないという選択肢はなく、私は明日使わない教科書だけを一旦ロッカーに置いて、準備室へ向かった。
コンコン、と扉をノックする。ドアノブを捻り中に入ると、グイッと強く腕を引っ張られた。
「あ、の」
入ってすぐに、痛いくらいに抱きしめてくる先生。ドアを閉めてから、ほんの少し躊躇って、私は先生の背に腕を回す。先生が少しだけ強張ったのは、驚きからだろうか。
「珍しいね、レイが抱きしめてくれるの」
「……気分、です」
「毎日その気分でいてくれたら幸せだなあ」
先生は私から離れると、コーヒーを淹れてくれた。きちんと砂糖とミルクも隣に用意してくれている。
先生の隣で飲むコーヒーは、一人で飲むよりも美味しい気がして好きだ。愛しそうに私の頭を撫でてくれる先生を見るたびに、離れたくないなと思う。
「テスト、相変わらずいい点数だったね」
「先生が教えてくれたおかげです」
「じゃあ、また教えてあげるよ」
そうだ、と先生は私の顔を覗き込む。
「テストを頑張ったレイに、何かご褒美でもあげようか」
「……ご褒美?」
「なんでもいいよ。家と車以外なら」
笑うところだったのかもしれないけれど、先生の瞳があまりに真剣だったから、私はつい怖気付いてしまった。
「あはは、冗談だよ」
「わかってますけど……」
からかわれたことが悔しい。先生はすぐにそうやって私のことをからかう。いちいち真面目に捉えて一喜一憂してるのが馬鹿みたいではないか。
なら、と私もほんの少しだけ意地悪な気持ちが芽生えて。
「じゃあ、先生から……キスして欲しいです。……ダメですか?」
先生は驚いたように二度瞬きをして、「いいの?」と聞いた。
「それはむしろ僕の方がご褒美な気がするけど」
そっと私の頬に手を添えて、優しく口付けられたとこまではよかった。ふっと力を抜いて先生に身を委ねた途端、そのキスが深くなって私は慌てた。
「んっ……」
おもむろに腰を掴まれ、逃げることをいよいよ許されなくなる。いやらしく唇をなぞって微かに空いていた隙間から私の唇を強引に開くと、ちゅっと舌先を吸われた。脊椎が甘く痺れるような、味わったことのない感覚に私は慌てた。
そのまま私の頬に触れていた手が、滑り落ちたかのようにするりと首元に触れ、流れるようにブラウスのボタンを外し出すといよいよまずいと思って先生の手首を掴んだ。
「やっ、まって、先生落ち着いてください」
「誘われたかと思ったけど違った?」
「誘ってないです……」
そっか、と屈託なく笑う先生は本気で私とそういうことをするつもりはなかったのだろう。たとえ私が拒まなかったとしても。
「もうすぐ秋祭りかぁ」
ブラウスのボタンを閉じている途中、先生は煙を吐きながらそう言った。楽しみだね、と言う顔と裏腹に、先生はどこか寂しそうで。
「もし振られたらどうしようかな、僕」
「えっと……あ、次の人を探す……とか?」
「レイ以上に好きな人がすぐできるなら、僕はここまで苦労してないよ」
私が振るはずなんてないって分かりきっていることなのに。先生はやっぱり愛に飢えているんだな、と思った。
立ち上がって、先生のところに行く。ぎゅっと抱きしめると、少しだけ困ったような顔をして、彼は愛しそうに私の頭を撫でた。
「私なら、ちゃんとここにいますから」
__だから、もうそんな顔で私を見ないで。先生。
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