放課後の準備室、先生と。
勝負だ、なんていいながら佐藤が私に勝てたものは結局なにもなかった。
ヨーヨー釣りも一個も釣れてなかったし、金魚すくいも金魚にすいーっとよけられていた。
そろそろ申し訳なさすら覚えてきた私とめげずに挑んでくる佐藤は、型抜きをしている。
あれほど饒舌だった佐藤も、今回ばかりは真剣で、型からチューリップを丁寧に切り取っていく。
ちなみに私もやったのだが、力加減を間違えて先程むなしく割れてしまったので、この勝負はどうあがいても佐藤の勝ちなのだが、そんなことは考えつかないらしい。
花の部分は綺麗に切り取った佐藤に残された難関は細い茎の部分だろうか。深く息を吐いた佐藤は、一際丁寧に切り取っていく。
その手はこういう繊細な作業をするにはあまり向いていなさそうなのに、型はするりと綺麗にとれていくのだから不思議だ。
お店のおじさんは佐藤が全部切ってしまいそうで少し焦っているけれど、佐藤は景品なんかにはきっと興味はなかった。
「レイ、俺がこれ全部綺麗に取ったらちゃんと言うこと聞けよ」
「叶えられる範囲ならね」
ヨーヨーをぽんぽんとはずませながら肩をすくめてそう返す。少しして、佐藤の手元には綺麗なチューリップが咲いていた。
お店のおじさんから、最近爆発的にヒットしたアニメのフィギュアを渡された佐藤は、それをいらないと断って、私の手を引いて歩き出した。
「えっ、どこいくの?」
いいからついてこい、としか返さず、何故だかどんどんと人気のないところに連れ込まれる。なんとなく怖くなってその手を振り払おうとしても、私の情けない力じゃその兆しすら見えやしなかった。
いつしか祭りの喧騒も聞こえなくなる。佐藤は私の手を離す。それから躊躇う指先が私の腰に触れて、引き寄せられる。佐藤、と呼ぶとぐっと強く抱きしめられた。
「名前で呼べよ、いい加減」
「……佐藤」
「いいから名前で呼べって」
その強引さに負けて、晃一、と呼んだ。私を抱きしめるこの手は緩むどころか、強くなる。
「好きだ」
「……離して」
「レイが好きだ。初めて会ったときから」
「その気持ちには……応えられないよ」
「丁寧に勉強を教えてくれるところも、本を読んでるときの真剣な眼差しも好きだ」
「いいから……離して」
「少し馬鹿にしてくるところも、あったかい顔で笑うところも全部含めてお前が__」
「__もうやめてッ」
私の声に驚いたのか、わずかに力が緩む。その隙に佐藤から身体を離した。
どうしてだか、佐藤よりずっと、私のほうが悲しい顔をしているような気がした。
「それ以上……何も言わないで。私は佐藤の……晃一の望むような、いい子じゃない」
「いい子じゃなくても、俺はレイのそばにいたい。ただそれだけだ」
「……やめてよ。私は晃一のことなんて今まで一度も異性として見たことないのに」
嫌いだから、もう関わらないで。そうはっきりと、断ればいいのに。
「それでもいい。好きなやつのことなんて思い出す暇もないくらい愛してやるから、俺と付き合えよ」
勝負に負けた私には、上手い言い訳が浮かばない。
どうしていつもこうなるのだろう。自分なりに最善を目指していたつもりでも、気がついたらレールから車輪が外れてしまう。
「そんなこと言われても困るよ……」
不意に携帯が鳴る。着信が鳴るように設定してるのは、一人だけだ。
あの人が呼んでる。私を待ってる。
「__ごめん。行かないと」
「行くって、どこに? まさか逃げる気かよ」
「関係、ないよ。私がどこに行ったって」
背を向けて走りだそうとすると、腕を掴まれる。行くな。その声が含むあまりの切実さに、思わず振り向いてしまう。
「……ッ」
唇に微かに触れた熱量を、思わず突き飛ばしてしまった。でもやっぱり私なんかの力じゃ、意思表示くらいにしかならない。
でも今は、それでもよかった。
「いい子じゃなくて……ごめんね」
来た道を急いで引き返す。酷いことをしている自覚は十分あったが、どうしても、私は戻らなければいけなかった。