365日のラブストーリー
「パパ、ありさちゃんいたね」
 場の緊張を溶かす、幼い声がした。彼の左手は、綿菓子のように柔らかな笑みを浮かべた女の子の右手をしっかりと握っている。

 大人たちの注目が集まると、女の子はすぐに千晃の後ろに回った。耳の上でふたつに分けて結った髪の片方だけが、隠しきれていない。くるんとした毛先が揺れている。

 腕を後ろに引っ張られて千晃が振り向いた。
「ちょっとまって、心暖。いま話してるところだから」抑えた声で注意をしてから、千晃は前を向き直った。

「なに、イメチェン?」
 声は幾分和らいだが、表情は変わらず険しい。

「そういうわけじゃないんですけど。あの、通りかかったらいろいろ勧めてくれて」
 有紗が店員の顔色を窺いながら言い訳をし終える前に、次の言葉が乗っかってくる。

「ああ、押し売りね。じゃあ試着しても買わないでしょ。ほら、行くよ」

 千晃の右手が、有紗の手首を掴んだ。そのまま引きずられるように店の外に連行されてしまったが、振り返ると店員は、むっとした様子でこちらをにらみつけている。
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