セツに思う、君のことを。
 君の姿が見えた。遠目からでも、はっきりと分かったんだ。

 彼女がいつも身に付けている、あの真っ白なマフラーが夜風に揺れていた。

 息を乱し、赤信号の待ち時間をもどかしげに足踏みしていた。歩道信号機の表示が赤から青へと変わる。

 彼の視線に気がついた彼女が、大きく手を振る。

 そこで、見えてしまった。

 赤信号を無視した乗用車が、交差点に向かって行くのを。

 黒い影に気付かない君に、無い声を張り上げる。

 ──止まってくれ。お願いだ。

 けれど、黒い影は伸ばした手の先を無慈悲に通過する。

 視界は遮られ、君が見えなくなる。

 世界が閉ざされる。
 音だけが聴覚を衝く。
 何も見えない。

 ──君が見えない。

 もし、僕に声が有って、この声が君に届いたのなら。

 僕は君を救えただろうか。

 けたたましいブレーキ音と、アスファルトを擦ったタイヤの焦げつく匂いに眩暈《めまい》がした。
 
 光は消え、目の前が真っ黒に染まった。

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