キミと見た最後の線香花火。
「静かだね」
線香花火に視線を落としながら、嬉しそうに呟く君。
鈴虫の鳴き声が耳に心地よい。
小さくパチパチと爆ぜる線香花火の火薬の匂い。
僕が用意した線香花火を川辺で二人で楽しみながら、花火の淡い光で照らされた君の顔を盗み見る。
楽しんでくれている事にほっとしながらも、内心はとても胸が高鳴っていた。
夏の夜。静かに流れる川のせせらぎ。
月光と漆黒にちりばめられた星々たち。
そのどれもが、僕らを優しく見守っている様な気がした。
サプライズと言って僕の前に現れた君は、白い生地に浅葱色の金魚が泳いでいる浴衣を身に付けて来た。
僕はその姿に一瞬で視線を奪われる。
『とても似合っているよ』と言えれば良かったのに、その可憐な姿に既に胸がいっぱいで、そんな安直な感想は脳裏から一瞬で吹き飛んだ。
少しでも、気を抜いたら理性が飛びそうになる。
視線を合わせるのも躊躇われる。
そんな背徳的な時間。
遠くで花火が打ち上げられる音が聞こえた。
「……見に行かなくてよかったんですか」
少しだけ不安が押し寄せ、控え目に問う。
「うん。ずっと憧れてたことだから」
「憧れ?」
憧れと言っていた君の声が、少し寂しそうに聞こえたのは気のせいだろうか。
何となく、その先の言葉は聞く事が出来なかった。
からん。ころん。と、アスファルトを軽快に叩く下駄の音が夜の帰り道を奏でる。
一歩下がって歩いていた君が、僕のシャツの裾を不意に掴む。
「どうかし──」
振り向き様に触れたのは君の唇と、差し出された華奢な両手が僕の顔を優しく包み込む。
眼前に君の綺麗な肌が、閉じた瞳が、目に映る。そして、柔らかな感触が君の熱を帯びた唇を通して僕の唇に伝わる。
「じゃあね、また」
硬直し歩道で唖然とする僕を置いたまま、君は夏の暗闇にふわりと消えた。