ずっと恋していたいから、幼なじみのままでいて。
「甲斐先輩は親身になって話を聞いてくれて、熱心に励ましてくれたんです。それであたし、つい欲が出ちゃったんです」


「欲?」


「引っ越すまでの間でいいから、あたしとの“彼女ゴッコ”に付き合ってくださいって、大泣きしながら頼み込んだんです」


彼女ゴッコ……。


両目をパチパチさせて言葉を失っているあたしの前で、田中さんはクリームソーダをコクリと飲んだ。


ストローを含んだ唇をじっと見つめながら、あたしの頭の中はひとつのことでいっぱいだ。


えっと。“ゴッコ”って部分、すごく重要な意味を持ってるように聞こえるんだけど。


あたしの都合のいい思い込み? でもゴッコって言うからには、もしかして……?


ドキドキしているあたしの表情を読んだのか、ストローから口を離した田中さんが、自分から説明してくれた。


「つまり、嘘の恋人ゴッコです。あたしの勝手な自己満足で、先輩はお芝居に付き合ってくれただけなんです」


サッと明るい日差しが窓から飛び込んできたような気がして、あたしは、あせりながら夢中で聞き返す。


「そ、そ、それ本当?」


「はい。本当です。あたしは甲斐先輩の彼女でもなんでもありません」


大きく両目を見開き、ひたすら田中さんの顔をまじまじと見つめながら、今の言葉を頭の中で繰り返した。


ようやく正確な意味がちゃんと理解できたとたん、全身からスーッと力が抜ける。


驚きとか、安堵とかがゴッチャになった感情が、細胞の隅々から絞り出される気分だ。
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