ずっと恋していたいから、幼なじみのままでいて。
この嫌な感覚、覚えてる。


お父さんとお母さんの関係が悪化し始めたときに感じた、悪い予感。


なにかが大きく変わってしまうような、たまらない不安。


「あのな、瑞樹」


立ち去りかけたお父さんが立ち止まって、チラリとあたしを見た。


なんだか、必死に勇気を振り絞っているような表情で。


「なに? お父さん」


「…………」


お父さんはなにかを言おうとして唇を動かしたけれど、すぐに口を閉じてしまう。


そして、気まずいものから目を逸らすみたいに視線を下げた。


「また、来るから」


結局それだけ言って、お父さんは逃げるように足早に立ち去って行く。


あたしはその背中を見送りながら、ザラザラする心の中で問いかけた。


ねえ、お父さん。今なにを言いかけたの?


あたしになにを言うつもりだったの? なにを言えなかったの?


口に出せない言葉が、心の中で転げ回ってカラカラ響く。


お父さんとお母さんから別居の話を聞かされた瞬間の光景が、鮮明に甦った。


お父さんの姿が完全に見えなくなって、近所の家の窓にポツポツと明かりが灯っても、あたしはまだ突っ立ったままだ。
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