ずっと恋していたいから、幼なじみのままでいて。
別居するときに持って行かなかったのは、たぶん、望みを繋いでおきたかったから。


またここに帰ってくるって希望を、お父さんも捨てていなかった。


この部屋は元は夫婦の寝室だったから、お父さんとお母さんの物がいっぱいある。


それが、別居が長引くにつれて少しずつお父さんの物だけが減っていって。


そのたびにお父さんの存在が薄くなって、お父さんが帰ってくる可能性も薄くなった気がして、すごく不安だった。


もうすぐ、ここからお父さんの匂いがする物はひとつ残らず消えるんだ。


最後まで、すがりつくみたいに残っていたネクタイ。


それを手に持って、箱に入れるお母さんの背中を見ていたら、胸が圧し潰されるみたいに悲しくなった。
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