わたし、BL声優になりました
「もう、全部……忘れたい、です。黒瀬先輩のことも、さゆとの思い出も……」

「……うん。いいよ。僕が全部、忘れさせてあげる──」


 ゆらぎは差し伸べられた彼の手に、そっと触れた。
 
 ────

「ごめん。僕も探したけど、彼女は見つからなかったよ。自分の意思で失踪したなら、これ以上探しても……。僕だって、心配してる。……ああ、分かった。何か情報を掴んだら連絡するよ」

 電話の相手は黒瀬だ。受話器越しに伝わる隠しきれない彼の動揺はそれだけ、彼女のことを思っているからに違いない。

 僕は罪を犯した。彼に嘘をついた。

 黒瀬が探している彼女は『ここ』にいる。

 甘い言葉で誘惑し、黒瀬から彼女を引き離した。

 こんな状態の彼女を放って置けなかったのも事実。本音を言うなら、黒瀬に彼女を渡したくなかった。これ以上、傷つけたくなかった。

 そもそもの全ての責任は自分に有る。

 彼女が性別を隠して活動していたことに、面白みを感じていたのは事実だ。そして、弄《もてあそ》ぼうとしていたことも。そこにあったのは嗜虐心だけではなかったのだと今なら解る。

 触れれば、触れるほどに、彼女に恋情を抱き始めていたことにも、自分自身で気づいていた。

 だから、正直に言えば、この状況は嬉しくも思う。

 例え、黒瀬に非難されたとしても、僕は恋い焦がれていた彼女を手離すつもりはない。

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