わたし、BL声優になりました
第五章
「さて、どうしようかね。この窮地を」
黒瀬を送り出した後、田中は姉の九十九院トキを呼び出し、バーで酒を酌み交わしていた。
「白々しいわね。じゃあ、なんのために私を呼んだのよ、銀次」
「いや、これはこれでいいかなーなんて思ってたりもするんだ、僕的には」
「はぁ? 仮にも事務所の社長なんだから、そんな及び腰でどうするのよ! 本当に情けない弟だわ」
一杯目から強いお酒を煽り、普段からの男勝りな性格がさらに強調され、最早手がつけられない状況だ。
やっぱり、赤坂を連れてくるべきだった。
今からでも、間に合うだろうか。
田中がスーツのポケットから携帯を取り出そうとしていると、突然足の甲に痛みが走る。
「姉さんが強すぎるだけ──って、痛いよっ! ごめんなさい! お願いだから足を踏まないでくれ」
痛みの犯人は無論、姉の九十九院だった。ピンヒールが時として、こんなにも鋭利な凶器になるとは思わなかった。
カウンターバーでは姉弟の熾烈な(主に九十九院の一方的な攻撃)戦いが繰り広げられているが、その様子をマスターは咎めるわけでもなく、無表情でグラスを磨き続けている。
「この私が今から、この不甲斐ない弟を助けるのよ! 感謝なさい」
「ぐっ、具体的にはどうするんだい?」
「ふふっ、それは秘密よ。銀次の大切なあの子たちを必ず守ってみせるわ。約束よ。だから、今日は銀次の奢りね」
「いや、まあ、うん。最初から奢るつもりだからいいよ」
この計画が吉と出るか凶と出るか。
全ては九十九院トキに懸かっている。
田中は祈る思いで、グラスに残っていたウイスキーを呷った。