わたし、BL声優になりました
 励ましで締め括られた、社長からの短い言葉には、新たな決意が滲み見えていた。

 私を責める言葉は一つも無かった。

 むしろ、罵倒してくれたなら、どれだけ良かっただろうか。現状から目を逸らすな。逃げるなということなのか。

 今は考えても、社長の言葉の真意を汲み取ることは出来なかった。


 寮の自室に戻ると、照明の電源も入れずに冷たい床に座り込む。壁掛け時計の規則的に刻む音だけが、やけに響いて耳障りだった。

 ゆらぎは瞼を閉じて、ゆっくりと回想に浸る。

 少しだけだったけれど、事務所に所属出来て、声優の仕事が出来て、楽しかったな。

 黒瀬先輩に出会えて、田中社長に赤坂マネージャーがいつも寄り添ってくれて……。なんだかんだ言っても、ウグイス先輩も良くしてくれた。

 私は、凄く恵まれていたと思う。

 この事務所で頑張るのだと覚悟を決めたのに……。

 結局は何も出来ないまま終わってしまった。

 私はこんなにも、うじうじとした性格だっただろうか。湿っぽいのは似合わないと自負していたのに。

「……おい、電気くらいつけろ」

「黒瀬、先輩……?」

 回想に割り込んできたのは、黒瀬の声だった。一瞬、幻聴かとも思ったが、それにしてはやけに近くで聞こえる。

 ……そうだ、ドアに鍵をかけるのを忘れていた。

 彼が無断で部屋に足を踏み入れたことで、我に返った。

「これ、やるよ。期間限定の唐揚げ」

 黒瀬が歩み寄り、ゆらぎの眼前に差し出したのは、激辛王の挑戦状と書かれた唐揚げのパッケージだった。

 受け取るとまだほんのりと温かい。これの為だけに、わざわざ買いに出かけてくれたのだろうか。

 もしかして、励まそうとしてくれているのか。不器用な彼らしさに、少しだけ笑みが溢れた。

「ありがとう、ございます……」

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