わたし、BL声優になりました
 とぼとぼと事務所の廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられて、振り返る。

「ああ、ちょっと待って。君が白石くん?」

 声を掛けてきたのは、スクエア型の赤い眼鏡が印象的な、スーツ姿の男性だった。

 すでに私の芸名を知っているということは、この人が社長の言っていた赤坂という人なのだろう。

「まあ……はい」

 違いますと言うわけにもいかず、曖昧な返事をする。社長に会ってからというもの、気分は急降下で、私の表情は、きっと物凄く酷かったに違いない。

「良かった。間に合って。改めまして、黒瀬セメルのマネージャーをしている赤坂昇《あかさか のぼる》です。話は全部、社長から聞いています。君が女性だってことも」

 ああ、なんだ。

 やっぱりこの人は私が女性だって知ってたんだ。

 でもまあ、よくよく考えてみれば、今の私は髪も長いし、ヒールの低いパンプスを履いている。

 化粧も身だしなみ程度には施しているし、普通に考えれば間違いようがないのかもしれない。

 社長に君は今日から男性だと言われ、すっかり自信を喪失していた。

 そうだった。私、女だった。

 田中社長の言葉に、私は少なからずダメージを受けていたようだ。

 憧れの声優になる為に大手事務所の養成所を卒業したというのに、どうして私は今、ここにいるのか。甚だ、疑問が拭えない。

「社長から指示されてることがあるから、取り敢えず、三階の事務室に一緒について来てくれるかな?」

「分かりました」

 ゆらぎは素直に答え、赤坂の後を追った。
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