わたし、BL声優になりました
「ここが三階、事務室。黒瀬くんのマネジメントをする為に、主に私がここを使用しています。隣は会議室」
扉には事務室と書かれた、シンプルなデザインのプレートが貼られていた。
室内はデスクとホワイトボード、ウォーターサーバー等、マネジメント業務には欠かせない品々が設置されている。
パーティションで区切られた場所へ案内され、ゆらぎは赤坂に勧められたソファへ腰を下ろす。
「コーヒーでいいかな」
「はい。お願いします」
お願いしますとは言ったけど、寧ろ自分からやりますと言った方が良かったのだろうかと、意味もなく悩む。
そうこう悩んでいる内に、赤坂がコーヒーを注いだ紙コップを手に戻って来た。
「じゃあ早速だけど、簡単に説明するね」
ローテーブルに分厚い書類と、二人分のインスタントコーヒーの香りが漂う、紙コップが置かれた。
先ず始めに、私が赤坂さんから指示を受けたことは、現在住んでいる防犯性皆無のボロアパートから、事務所の寮へ引っ越しをすること。
髪の毛をカットし、男装をすることの二点に絞られた。オーディションを受ける為の事前準備らしい。
「──白石護くんという架空の人物になりきる為の、完璧な準備をして欲しいというのが、社長からのお願いです。……女性だし、やっぱり髪の毛切りたくないかな?」
「いえ、平気です。こだわりは特にないので。服装もお任せします」
寧ろ、タダで髪をカット出来て、服もゲット出来るなら私側に何も問題はない。
一人暮らしでアルバイトを掛け持ちして、悲しき貧乏生活を送っていた養成所の頃に比べれば、かなりのランクアップだと思う。
「そっか。そう言ってもらえると助かるよ。ありがとう。後、もう一つ。これは忠告なんだけど、寮で生活をするにあたって。うちのタレント、黒瀬くんには絶対に気をつけて欲しいんだ」
「はぁ……。なるほど。なんだかよく分かりませんが、分かりました」
いきなり気をつけてと言われても、私に何をどうしろというのか。
黒瀬セメルという人物は、そんなに危険人物なのかと、今から少しだけ不安が募る。
しかし、寮で生活をすることになった以上、基本的には全て諦めるしかないのだ。
私はこの事務所で、やっていけるのだろうか……。