わたし、BL声優になりました

「白石くん! 昨日はどうして返信をくれなかったのですか? 何度も連絡したんですよ」

「すみません……」

 スタジオに到着すると、心痛な面持ちの赤坂が、ゆらぎに詰め寄る。

 緑川から携帯を返されたことに安堵し、赤坂からのメッセージを確認し忘れていた。

「赤坂さん、すみません。悪いのはボクなんです。昨日、ボクが飲み過ぎてしまって……白石くんに介抱してもらったんです」

 赤坂との会話に割って入ったのは、事の原因を作った張本人、緑川だった。

 昨夜の出来事を自身の都合の良いように、少し改竄《かいざん》しているが、あながち間違いではない。

 緑川の視線が不意に、ゆらぎに向けられる。要するに『話を合わせろ』という目配せだろう。

「終電も過ぎていて、歩いて帰れる距離ではなかったので、緑川さんのところにお邪魔したんです。次からは気をつけます」

 弱みを握られるとはこのことなのか。

 多少の罪悪感を抱えながらも、緑川の嘘に加担する。

「それならば仕方ありませんね。でも、次回からは気をつけてくださいね。収録に遅刻……なんてことはご法度ですから」

「はい」

 赤坂に咎められていると、緑川がお得意の微笑で場を和ませる。

 ゆらぎには彼のその笑顔が、悪魔の笑いにしか見えなかった。


「災難だったな、白石」

 収録室へ入ると、一足先に現場入りしていた黒瀬の含み笑いが、ゆらぎを出迎えた。

 当然、黒瀬は緑川の酒癖の悪さを知っていた上で、ゆらぎに黙っていたに違いない。

 先輩二人の洗礼に不満を覚えるも、何も言い返せないのがツラい。

 緑川に至っては、ゆらぎの秘密を知っているが故に、強く出られないのが悔しさを倍増させる。

 こんな四面楚歌《しめんそか》の状態で、最終日まで無事に収録を終えられる気がしない。

「何がですか」

「昨日、緑川と飲んだんだろ? 絡み酒してくるからな」

「酷いな。ボクは黒瀬に絡み酒なんて、みっともない真似、一度だってしたことないよ」

 緑川の白々しい態度も、ここまでくると、ある種の感心さえ覚えてしまう。

< 36 / 190 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop