わたし、BL声優になりました
「白石くん! 昨日はどうして返信をくれなかったのですか? 何度も連絡したんですよ」
「すみません……」
スタジオに到着すると、心痛な面持ちの赤坂が、ゆらぎに詰め寄る。
緑川から携帯を返されたことに安堵し、赤坂からのメッセージを確認し忘れていた。
「赤坂さん、すみません。悪いのはボクなんです。昨日、ボクが飲み過ぎてしまって……白石くんに介抱してもらったんです」
赤坂との会話に割って入ったのは、事の原因を作った張本人、緑川だった。
昨夜の出来事を自身の都合の良いように、少し改竄《かいざん》しているが、あながち間違いではない。
緑川の視線が不意に、ゆらぎに向けられる。要するに『話を合わせろ』という目配せだろう。
「終電も過ぎていて、歩いて帰れる距離ではなかったので、緑川さんのところにお邪魔したんです。次からは気をつけます」
弱みを握られるとはこのことなのか。
多少の罪悪感を抱えながらも、緑川の嘘に加担する。
「それならば仕方ありませんね。でも、次回からは気をつけてくださいね。収録に遅刻……なんてことはご法度ですから」
「はい」
赤坂に咎められていると、緑川がお得意の微笑で場を和ませる。
ゆらぎには彼のその笑顔が、悪魔の笑いにしか見えなかった。
「災難だったな、白石」
収録室へ入ると、一足先に現場入りしていた黒瀬の含み笑いが、ゆらぎを出迎えた。
当然、黒瀬は緑川の酒癖の悪さを知っていた上で、ゆらぎに黙っていたに違いない。
先輩二人の洗礼に不満を覚えるも、何も言い返せないのがツラい。
緑川に至っては、ゆらぎの秘密を知っているが故に、強く出られないのが悔しさを倍増させる。
こんな四面楚歌《しめんそか》の状態で、最終日まで無事に収録を終えられる気がしない。
「何がですか」
「昨日、緑川と飲んだんだろ? 絡み酒してくるからな」
「酷いな。ボクは黒瀬に絡み酒なんて、みっともない真似、一度だってしたことないよ」
緑川の白々しい態度も、ここまでくると、ある種の感心さえ覚えてしまう。