わたし、BL声優になりました
 ゆらぎは嘘で塗り固められた人物に、冷ややかな視線を送る。

「ん? ボクの顔に何か付いてる?」

「いえ、清々しいなと思いまして」

「それはボクに対しての言葉?」

「良い意味ですよ、ウグイス先輩」
 
 ゆらぎの嫌味を含ませた声音に緑川が反応し、ぴくりと眉を動かす。

 お互いにバチバチと視線を交差させ、見えない火花を散らしていた。

「仲良いな、お前ら」

 様子を眺めていた黒瀬が茶々を入れると、二人の鋭い視線が黒瀬に向けられた。

「は? 黒瀬の目は節穴なの?」
「一度眼科へ行ってください、黒瀬先輩」

 二人の息ぴったりの反応に、黒瀬は苦笑して、その場の空気を誤魔化すしかなかった。


 二日目の収録が無事に終了し、各々収録室を後にする。

 黒瀬は午後から別件の収録の為、タクシーに乗り込み、現場へ向かった。

 一人残されたゆらぎは、他に予定もなく事務所へ戻る。

 寮の自室に戻る前に事務室へ立ち寄り、スケジュールボードを眺めた。

「んー……やっぱり無理だよね」

 ゆらぎは黒瀬の日程を確認して、独りごちた。

 彼の予定表は様々な仕事で埋め尽くされており、丸一日オフの日は一ヶ月の間に三日しか無かった。


『お金は要らないよ。ボクが欲しいのは──』

 早朝のタクシーの車内で、緑川がゆらぎに囁いた言葉が脳内で再生される。

『黒瀬の休みを教えてよ』

『それは本人に聞いたら、どうですか?』

『それじゃ意味がない』


 ──あの時の『それじゃ意味がない』とは、どういうことだろうか。

 彼は一体何を企んでいるのか。
 そして、私に何をさせようとしているのか。

 誰も居ない事務室で、ゆらぎは諦念のため息を吐いた。
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