わたし、BL声優になりました
 事務室から寮の自室に戻ったゆらぎは、午後からの収録に備えて、役作りのために台本を何度も読み込んでは物語を想像する。

 ゆらぎにとっては今回が初の主演作品。

 初日は緊張のせいか何度も台詞を言い間違い、大勢のスタッフに迷惑を掛けた挙げ句、収録時間を大幅に押すという大失態を起こしていた。

 新人だからといって、何度も失敗が許される訳ではない。改めて、気を引き締めなければ。

 心の中で気合いを入れ直したところで、携帯にセットしていたアラームが鳴り響き、時刻を報せる。

 ホッと一息をついて、台本を閉じる。

 分厚い台本に記された台詞の約三分の一は、すでに暗記している。

 残すべき課題は、登場人物の感情を理解すること。そして、役を演じ切るための表現力。

 頭では解っていても、実行に移すのは中々に難しい。

 ウグイス先輩のことは一旦、忘れよう。

 これ以上、彼に振り回されてばかりいては、確実に仕事に支障が出る。

 だから、何があったとしても平然を装えばいいだけだ。


 ……そう、決意を固めたものの、実際は上手くいかなかった。


 収録ブースには黒瀬とゆらぎの二人のみだった。
 どうやら緑川は収録日ではないらしい。

 ウグイス先輩がいないことに、少しだけ安堵している自分がいた。

 音響室から収録の合図が出されると、現場の空気が一瞬にして変わる。

 黒瀬の仕事用スイッチが切り替わったようだ。
 
 
「……お前、本当は男だろ?」

 黒瀬の台詞に、ゆらぎは何故か既視感を覚えた。

 自分もまた似たような言葉をつい最近、とある人物に言われたことがあったからだ。

 相手の顔が脳裏にちらつくも、無理やり振り払う。

 今は演技に集中しなければいけない。

「な、何言ってるの? わたし、男なんかじゃ……」

< 40 / 190 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop