わたし、BL声優になりました
 無意識に台本を持つ左手に力が入る。

「だって……ほら……」

『はい、一旦止めてー』

 黒瀬の魅惑的な声音がマイクに響いたところで、濵田監督の指示が聞こえた。

 ヘッドホンを通して監督から演技の指示を受けたのは、ゆらぎだった。

『白石くん、さっきの演技ちょっと女の子によりすぎかな。もう少し、男の子を出してみようか。得意のハスキーボイスを存分に発揮して』

「はい、分かりました。黒瀬先輩、すみません。もう一度お願いします」

「おう、気にすんな」

 黒瀬は後輩の失敗を責める訳でもなく、素直に受け入れる。

 ここに緑川がいたのならば、文句の一つや二つは当然の如く飛んできたに違いない。

 緑川の自己中心的な振る舞いのお陰で、ここ最近の黒瀬の好感度はうなぎ登りで、彼がとても良い先輩に思えてしまう。

 いっそのこと、ウグイス先輩のことを相談出来るなら黒瀬先輩にしたい。

 けれど、自分の性別を伏せて説明するとなると、話に色々と嘘を混ぜなければならないし、それだけで一苦労しそうだ。

『じゃあ、黒瀬くんの二個前の台詞から』

 濵田監督から再び合図が出され、収録は再開された。


「お疲れ様でした」

 何度かテイクを重ねて、四日目の収録は無事に終了した。

 スタッフに挨拶をして収録室を出ると、黒瀬が声を掛けてきた。

「白石。今日、この後は暇だろ?」

「そうですね、後は寮に帰るだけです」

 今日の収録は順調に終わったお陰で、時間もいつもよりは余裕がある。

「じゃあ、久し振りに俺に付き合えよ。新作映画のDVD買ったんだ。泣けるらしい」

「へー。泣けるやつですか。恋愛物ですか?」

「そこまでは知らん。泣けるってパッケージに書いてたから買っただけだし」
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