わたし、BL声優になりました
 なるほど。要するに黒瀬先輩は、パッケージ買いをしたわけですね。

 黒幕が宣伝文句に惹かれたという肝心の映画のタイトルは、ゆらぎには初耳で、聞いたことのない作品名だった。

 おそらく、今回もまた黒瀬の好きな海外映画なのだろう。

 英語を苦手とするゆらぎは、これから約二時間弱もの間、スピーカーから流れ出る英語に耐えなければならないが、緑川の我が儘に比べれば、何ら苦にならない。

「赤坂さんは呼ぶんですか?」

「いや、今回は声掛けてない。最近、忙しそうだしな、赤坂のやつ」

 黒瀬の言う通り、最近の赤坂は事務室で、業務をこなしているのも少なくなっていた。

 日々、慌ただしく時間に追われている感じで、相談事は尚更、言い出し難い状況が続いている。

 今までは黒瀬のマネジメントに専念していた赤坂が、ゆらぎのマネジメントも受け持つことになり、現在は時間に余裕が無くなっているのだろう。

 仕事が貰えることは有り難いことだが、彼が身体を壊してしまっては元も子もない。

「大丈夫ですかね、赤坂さん」

「んー、大丈夫だろ。あいつはそんな柔《やわ》じゃない」

 話をしながら廊下を歩いていると、不意に黒瀬が立ち止まる。

「信頼してるんですね、赤坂さんのこと」

「そりゃ、信頼はしてる。俺に対する酷い扱いは置いといて」

 黒瀬はスタジオ内に設置されている自販機で、缶の無糖コーヒーを三本購入して、内の一本をゆらぎに差し出した。

 残る一本は黒瀬自身の分で、最後の缶コーヒーは、今話題に登っている赤坂の分だろう。

 何だかんだと言いながらも、マネージャーの分のコーヒーを買う優しさを見せるのが黒瀬らしい。

 スタジオを出ると、近くの車道で社用車が駐車していた。
 
「お。赤坂、もう迎えに来てるな」

「待たせるのも悪いですし、急ぎましょう」

 小走りで駆け、二人は赤坂が待つ社用車へ乗り込んだ。


 前回同様、コンビニで酒やおつまみなどを買い込み、これから黒瀬の部屋で行われる映画観賞に備えた。

「俺、シャワー浴びてくるわ」

 買い込んだ食料の入ったレジ袋を、リビングのテーブルに置いて、黒瀬はそのままの足取りで、シャワールームへと消える。
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