わたし、BL声優になりました
 黒瀬との映画観賞を終えた後、ゆらぎは緑川へ抗議の電話を掛けた。

「金曜に出かけるなんて聞いてませんよ。ウグイス先輩」
 
『うん。だって言ってないし。君が役に立たないから、ボクが黒瀬に約束を取り付けたんじゃないか』

「……何がしたいんですか?」

 緑川の行動の意味が理解出来ず、苛立つままに言葉を紡ぐ。

 これ以上、彼に振り回されたくない。
 そんな思いが語気を強めた。

『何って……それを言ったら計画が無駄になるでしょ。だから言わない。あ、前日はボクの家に泊まってね。準備があるから。じゃ』

「ちょっ──」

 引き留めようとするも、すでに通話は勝手に切断され、話中音《ビジートーン》だけが残されていた。

 ……前日って、後二日しか時間無いじゃないですか。ウグイス先輩は何を考えて──。

 思考に呑まれそうになり、考えるのを止める。

 こうなったら、破れかぶれだ。

 何が何でも、私はウグイス先輩の悪巧みを阻止しなければいけない。

 謎の使命感に、ゆらぎの心は密かに燃えていた。


 ──木曜日。午後一時半過ぎ。

 午前に収録を終えた黒瀬が、赤坂と共に一足先にスタジオを出て行く。

「じゃあ、俺は雑誌の取材があるから、先に抜けるな」

「はい。お疲れさまでした」

 一人残されたゆらぎは、休憩を挟んで、午後も通しで収録を行う。

 午後二時を迎えた頃、黒瀬と入れ代わりで収録室に入って来たのは、午後からの収録を予定している緑川だった。

 ここ数日は黒瀬と共に収録するか、個人での収録が主だった為、緑川と対面するのは久し振りで、少しだけ緊張感が募る。

「やあ。元気にしてた?」

 飄々とした態度でスタジオに現れた緑川は、わざとらしい笑みを顔に貼り付けていた。

「お陰様で、元気にしてましたよ」

「先輩に対する接し方がなってないな。そこは『おはようございます。ウグイス先輩』でしょ? やり直し」

「……おはようございます。ウグイス先輩」

 睨み付けながらも、ゆらぎは緑川の指示に従って挨拶をする。
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