わたし、BL声優になりました
 もし、この事務所に大きな災難が降り掛かったとしたら、それは間違いなく私の責任だ。

 もっと早くに、緑川に性別を気づかれてしまったことを、事務所に伝えていれば、こんなことには成らなかったかもしれない。だが、全ては後の祭りだった。

 明日で収録は最終日を迎える。

 予定では明日の収録は個人録りの為、現場で緑川と会うこともない。

 黒瀬はすでに二人よりも早く、全ての収録を終えて、現在は別作品の収録に移っている。

 赤坂は週刊誌の記者を警戒してか、黒瀬に付きっきりだ。

 何か、私に出来ることはないのだろうか。

 ベッドの上で仰向けになり、何もない天井をぼんやりと見つめたまま、ゆらぎは漠然とした考えを巡らせていた。
 
 
 ──翌日の収録最終日。

 スタジオに向かう前に事務室に立ち寄る。

 『白石護』のスケジュールボードは、今日を区切りに、明日からは白紙の日々が続いている。

『──ゴールドセブンには気をつけなさい』

 脳裏に再生されるのは、九十九院のあの言葉だった。

 聞けるなら、緑川に直接問いたい。

 けれど、尋ねる勇気が出ないのは、彼がもし『黒』であったとき、どんな態度で接すればいいのか、分からないからだ。

 咄嗟の動揺を隠せるほど、演技は上手くない。

 いや、本当は怖いだけだ。

 利用されていたという事実を突き付けられることも。事務所に多大なる迷惑を掛けてしまうことも。

 事実を知るのが怖い。

 事務所を辞めてしまえば、これ以上は周りに迷惑を掛けることもないのだろうか。

 そんな考えさえ、脳裏に過る。

 だが、ゆらぎはこの決断を下す勇気すら、今はまだ持てないでいた。
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