わたし、BL声優になりました
 そう、あの日──。

 黒瀬は気付かなかったのだ。
 隣にいる人物が、ゆらぎだということに。

 緑川が離脱した後は、二人で普通にテーマパークを見て回り、帰りは黒瀬が駅前まで見送ってくれた。

 もしかしたら、本当はゆらぎだと気付いていながら、敢えて見過ごしてくれたのかもしれないと最初は思っていた。

 でも、そうではなかった。

 本当に気付いていなかったのだ。黒瀬は。

 ただ、あの日の翌日。
 黒瀬の機嫌が、酷く悪かったことだけは覚えている。


「なんだ。つまんないの。黒瀬も鈍すぎでしょ」

「俺が何だって?」

 いつの間にか、緑川の後ろに黒瀬が立っていた。

「ううん。何でもないよ。黒瀬はスゴいよねーって話してただけだから」

「ふーん。お前が褒めるとか、なんか怪しいな。白石、帰るぞ。赤坂を待たせてる」

「あ、はい。それじゃ、お疲れさまでした。ウグイス先輩」

 黒瀬の助け船で、その場を離れる。

「今は、あまり緑川に関わるな」

「そう……ですね」

 まただ。黒瀬先輩、不機嫌になってる。

 親交の有る彼を疑わなければならないのだから、心境はゆらぎより更に複雑に違いない。

 帰りの車内は、とても静かだった。


 寮に帰宅すると、携帯に一通のメッセージが入っていた。相手は養成所を卒業した後も、変わらずに交流を続けている『冬馬さゆ』からだった。

 ゆらぎが性別を偽り、BL声優として活動しているのを知っている唯一の人物でもある。

『今度、久しぶりにカフェでまったりしない?』

 グッドタイミングな誘いに、ゆらぎは二つ返事でメッセージを送信した。

 こんなときに頼れるのは、やはり養成所時代の苦楽を共に過ごした彼女しかいない。

 今はただ、心に抱えたものを誰かに全て打ち明けて、楽になりたかった。

 独りでは、もう抱えきれない悩みを……。
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