わたし、BL声優になりました

「白石です。失礼します」

「どうぞ」

 扉をノックして、事務室へ入る。

 赤坂はデスクワークをしていたようで、一旦その手を止めて、椅子から立ち上がる。

「お疲れさま。早速だけれど、二週間前に白石くんが受けたオーディションの一つが通ってね」

「本当ですか?」

「学園物語の作品なんだけれど……。相手役が緑川さんなんだ。どうする? 今回は無理にとは言わないし、断ることも出来るけれど」

「いえ、受けます」

 赤坂の気遣いを遮り、ゆらぎは力強く答えた。

 ウグイス先輩に直接問い質せる絶好のチャンスを、みすみす逃す訳にはいかない。

 例え、これが相手事務所側からの罠だったとしてもだ。

「分かりました。では、先方に伝えておきますね」

「お願いします」


 再び寮フロアへ戻ると、黒瀬がゆらぎの部屋のドアに身体を凭れさせていた。

「ん? どうしました、黒瀬先輩」

「いや、ちょっと、な。一つ聞いていいか」

「どうぞ」

「三週間前の金曜日、どこにいた?」

「三週間前の金曜日……ですか?」

 当然、覚えている。黒瀬の言った『三週間前の金曜日』とは、ゆらぎが緑川の計画に加担した、あの日のことを指しているに違いない。

「どうしても、外せない用事があったので……」

「それは、先輩を差し置いてでも済ませないといけないことだったのか?」

「……はい」

「そうか。なら、いい。……あれは俺の勘違いだったのか……」

 去り際に聞こえた、黒瀬の『勘違い』という言葉は、どういう意味だったのか。

 聞いてしまえば、墓穴を掘りそうで、ゆらぎは何も出来ないまま、自身の部屋へ入って行く彼の後ろ姿を見送った。

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